九生

□05
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 きっかけは、本を読みながら何となしに発したツェッドの一言だった。
 「リッカさんの色覚は、通常の猫と同じなんですか?」
 彼が読んでいたのは猫に関しての本だったようで―――何故そのような本が組織の事務所に置いてあったかは謎であるが―――、そこに書いてあったのは猫の視力がヒトより弱い事、そして猫の見ている世界も、ヒトとは違うというものだった。
 問われた張本人はキャットタワーの一番上から軽やかに飛び下り、レオナルドが座っているソファの背凭れに綺麗に着地し、金の眼をツェッドへと向ける。
 「色覚…見えている色のことですね?」
 「はい。本によれば、ヒトよりかなり劣ると書いてありますが」
 「どうなのでしょう。わたしは生まれてこの方”この世界しか知らない”ので…」
 黒猫が言うには、ヒトの姿になっても見えている世界は何ら変わりないという。ぱちりと瞬きをする金色は、一体どんな世界を映しているのか。一人と一匹の話を聴いていたレオナルドも興味を持ち始め、それなら…と口をはさんだ。
 「僕の眼と”交換”してみませんか?」

 「六華さんの見てる世界って、こんななんですか…!」
 レオナルドの持つ”神々の義眼”は、他者との視界を”交換”することが出来る。その能力を使って、今少年の見える世界と黒猫の見える世界は交換されているのだが…自身が普段見ている世界との差異に、レオナルドは驚愕していた。
 「一体どんな風に見えてるんですか?」
 「あ、今代わりますね」
 そうして今度は、傍でそわそわしていたツェッドとの視界を”交換”してやる。すると視界が切り替わったツェッドからも、レオナルド程ではないが驚きの声があがった。
 「凄い…ほとんどモノクロじゃないですか」
 その視界に映る世界は、白、黒、そしてその間のグレー。そして青のみ。それ以外の色はない。
 それに加えて、彼らが普段見ているより視力は悪く、動いている物ならまだしも、静止しているものに対しての遠近感等がどうにも取りづらい。
 「この状態でよく血界の眷属(ブラッドブリード)と闘えますね……」
 「ほんとに……って、あれ、六華さん?」
 驚きが落ち着いてきた頃、そういえばこの視界の持ち主が何も発していないことに気付いたレオナルドが、辺りを見渡し黒い塊を捜す。その姿は比較的あっさりと見つかったものの……黒猫は変わらずソファの背凭れにいたが、微動だにせずじいっと空を見つめていた。
 「……六華さん?」
 「……凄い」
 「えっ」
 「目がチカチカする、本来の世界はこんなにも眩しくて色鮮やかなものだったんですね…!」
 黒猫の眼が、今までにないくらい輝いている。気分も高揚しているのだろう、語尾を強くしているのは、抑えきれない感動が滲み出ていた。

 その時、かちゃりと事務所のドアが開き二人の男が入ってくる。二人の男―――クラウスとスティーブン両名は、部屋の中の様子を見て首を傾げた。
 「?これは一体……」
 「ミスター!」
 明らかにいつもと様子の違うツェッドと黒猫、そして一人慌てるレオナルドに事情を聴こうと二人が足を踏み入れたところで、黒猫がクラウスに向かって飛び掛かった。
 突然のことにクラウスの緑色は見開かれたものの、自分に向かってきたその黒い塊をしっかりと抱き留める。すると黒猫はその腕から身を乗り出し、肉球のついた前足でクラウスの顔や頭をぺたぺたと無遠慮に触り出した。
 「ミスターの髪は赤色なんですね!とっても素敵な赤だわ!瞳は緑色…!貴方の強い意志と優しさが滲み出ているようね」
 そうべた褒めしてから、今度はクラウスの半歩後ろにいたスティーブンへと狙いを定めた黒猫は、クラウスの腕を抜け出しスティーブンの肩に飛び乗って顔を覗き込む。
 「ミスタ・スターフェイズの眼は赤色!氷を操っているから違うイメージでした!」
 「ど、どうしたんだいリッカ…」
 「綺麗な赤色……宝石でいう、ルビー?それもきっとこんな風に輝いているのですね」
 「は、」
 これ以上ないってほどの距離でやさしく細められた金色に見つめられ、普段自分が女相手に吐きそうな言葉―――自分のように裏がない分、その言葉は真っ直ぐで厄介だ―――を言われたスティーブンが硬直するが、舞い上がっている黒猫はそれに気付かない。同じようにクラウスも硬直しているものの、それに気が付いているのは二人と一匹の様子を見ていたレオナルドだけであった。
 「…子供みたいにはしゃぐ六華さんもだけど、二人のこんな姿初めて見た」



(ほー…なるほどね。視界を交換してたのか)
(だからあんなにはしゃいでいたのだな)
(申し訳ありませんお二方……初めてのことで、つい興奮してしまって)
(猫の視覚とは実に興味深いな。リッカ、私にも貴女の世界を見せてもらえないだろうか)
(俺も気になるな。少年、もう少し協力してくれないか?)
(あ、はい)
(リッカも。それでさっきのは許してあげるよ)
(しょ、承知いたしました……!)
(スターフェイズさん、怒ってる訳ではないのに冷ややかだ……)

(そ、それと……あとでもう一度、肉球に触れてもいいだろうか)
(あー…クラウスさん肉球の良さを知っちゃったかあ)



【完】
色覚については、実際の猫とは少し異なった設定にしています。実際は赤色が黄色に見えたりするようですが、そういったことはぶった切って、この話の黒猫が識別できる色は白、黒、灰、青のみにしています。

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