九生

□04
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 「リッカ、少々訊きたいことがあるのだが」
 「?なんでしょうかミスター・クラウス、改まって」
 とある雨の日、開いた窓から部屋の中へ飛び入ってきてきた黒猫に気付いたクラウスが、ギルベルトに声をかけながらその黒い塊を腕に抱いた。
 猫の身体はしっとりと雨に濡れており、このままでは風邪を引いてしまうと案じた彼は、自身のベストやシャツの袖が濡れてしまう事に何の躊躇いもなく抱き上げ、ソファに座り執事が持ってきた大きなバスタオルで身体を拭いてやる。
 突然抱きかかえられた事、白いタオルに身体をくるまれた事に内心驚いていた猫も、クラウスがこれからやろうとすること、そしてその体格に似合わない優しい手つきの感触をタオル越しに感じ、大人しくされるがままだったのだが。
 その最中、上から降ってきた声。猫はその声に顔を上に向け、続きを促した。
 「貴女は今までの大半を、このように猫として過ごしてきたと聞いたのだが」
 「はい。ヒトの姿でいると何かと面倒なこともあるので…その点こちらの姿の方が自由ですしね」
 「これは前から気になっていたのだが、食生活などはどうしているのだろうか。ここに来てから、一度も見たことがない」
 「ああ、そのことですか」
 この組織に入ったこともあり、黒猫は今までの野良生活からこの事務所を帰り宿とするようになった。これはリーダーであるクラウスの提案であり、猫が何か言う前にギルベルトが一式(猫用ベッドやらおもちゃやらトイレやら、エトセトラエトセトラ……)を用意してしまったことから、猫は断ることも出来ず苦笑いを浮かべたのは記憶に新しい。
 しかし流石に猫の姿とはいえ、人前で堂々と用を済ませるのは抵抗があったので、トイレは撤去してもらったが。黒猫のお気に入りは、天井にまで届きそうな高さのキャットタワーである。
 余談を含んでしまったが。クラウスが気になっているのは、トイレと同じようにこの場でしたことがない食事についてだった。
 首を傾げつつ、でも心配からか眉尻が少し下がっているリーダーの質問に、猫はくるりと逡巡した後。ほんの僅かだけ、言い難そうに口を開いた。
 「ちゃんと外で食べているので大丈夫ですよ。ご心配には及びません」
 「しかし、その姿で食べられる物となると…」
 「ゴミ捨て場の物ですとか、場合によっては狩ることもありますけど…”猫”とはそういうものでしょう?」
 ヒトの姿になれるとはいえ、六華の元来の生態系は”猫”である。彼女にとって、食べ物の概念はクラウスたち人間ほどではない。
 これだけ賑わっている街であれば、店舗や個人宅などから生ゴミは幾らでも出てくるし、もし食べられる物が無ければ自ら狩猟し食べ物を確保する事だってある。
 ようは、食べられれば何だって良いのだ。
 「……」
 「…あ、の。ミスタ」
 返答を聞き、黙りこくってしまったクラウスに、黒猫はやっぱり本当の事を伝えるべきではなかったと早くも後悔した。
 クラウスは、人間(ヒューマー)の中でも高位な存在の貴族である。そんな人間にこんな野性味溢れる食生活事情を聞かせて良かったのか、猫が言い難そうにしていた理由はここにある。
 案の定、かける言葉もないのだろう。心なしか雰囲気もどよりと重くなった気がする。そう思い猫はクラウスを呼ぼうとしたのだが。
 「ギルベルト、至急猫缶を」
 「それなら坊ちゃま、既にこちらに」
 クラウスの、ギルベルトを呼ぶ声が、そしてギルベルトの行動の方が速かった。
 この優秀な執事は自身の主が猫から話を聞き何と思うか、そして自分に何を命令するか、全て予測し用意していたようで。
 執事が目的のものを顔の高さまで持ち上げると、クラウスは満足気にひとつ頷き、そして黒猫へと視線を落とす。
 「リッカ、貴女は確か給料がいらないと言ったね」
 「は、はい。猫にお金は必要ありませんから…」
 「それならば、代わりにこちらで食事を提供させてもらえないだろうか」
 それが給料代わりという事で。確認のはずなのに有無を言わせない只ならぬ雰囲気に押され、猫が首を縦に振るのは数秒後の話である。



(あれ?六華さんここでご飯食べるようになったんすか?)
(リーダーには逆らえませんからね……)
(何で遠い目してんですか)

(…それにしても、猫缶って美味ですね)
(ほんとどんな食生活してたんすか……)



【完】

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