Chocolate dream

□第11章
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5時限目の予鈴のチャイムが鳴り響き、私は重たい足を教室へと向ける。

次の授業は、確か体育。

だけど、この私の重い気持ちは授業からのものではなく、

授業で跡部君と顔を合わすのが嫌で。

彼に対しての罪悪感が私に付きまとっていた。

でも、行かないと。ここで休んだら皆に何か言われちゃう。

罪悪感より、いじめられる不安が断トツに勝って、私は教室へと入った。



グルリと教室を覗いても皆はいない。きっと更衣室へと行ったんだろう。

私も早く行かなくちゃ。

体操服を取りに自分の机に向かうと、また一段と汚くコーディネートされていた。

こんなこと分かっていたはずなのに、ズシンと重くなる私の心。

不意に目眩がして、頭を押さえれば、胸がムカムカして吐き気を催した。

それでも行かなくては、と机のサイドにかけていた手提げに手を伸ばせば、

妙に軽いことに気が付いた。

っえ・・・あ。

中を覗けばもの抜けの殻。

やられた。

体操服が、無い。



不意に流れ落ちた涙。

私はそれに驚いて目元を押さえれば、ジワジワと私の意思に関係なく溢れ出しきた。

とまれっ、とまってよ・・・お願いだから。

願っても止まらない私の涙。

情けないほどボロボロになる私の顔。

いつの間にか声もしゃくり上げていて。

もう嫌。





子供のように泣きじゃくりながら、それでも使命感、責任感に駆られて教室中を探し回った。

机の中、ロッカーの中・・・見当たらない。

どこだろう、どこにあるんだろう。

涙をいっぱい流しながら見える視界は、白くぼやけていてよく見えない。

体操服が見当たらない焦りで、より私の感情を荒立たせる。






「っく・・・ひぅう、っ・・・あ」





グスグスと泣きながら掃除道具入れを開けた瞬間、私はもう、限界だと悟った。

汚い水の入ったバケツの中には私の探していたものが堂々と浸かっていて。

私はその場で座り込んで泣いた。

ずっと泣いた。





私が、なにをしたっていうんだろう。

もう何が原因なのかよく分からない。

頭がズンと重くなるのを感じて、目を閉じればリナの事が頭を横切る。

本当にごめん。

私が、ウジウジしてたから。

幻影に向かって謝罪の言葉を出しても何も答えてはくれなかった。





最高に気だるく、不調な身体を引きずりながら保健室へと向かう。

もういじめとか、嫌がらせとか、無視とか暴力だとか、

どうでもいい。

私は、休みたいの。誰にも邪魔されない場所で、ずっと。

頭痛が鳴り響く。お腹が煮えくり返るように熱く。足は鉛のように重たい。

廊下をゆっくりと歩けば、ほかの教室の人達が汚物でも見るかのように私を直視した。

その視線から逃れるために私は重たい足を必死に前に進める。

ガラリと保健室の扉を開ければそこには誰もいない。

前に忍足君と来た時も先生とかいなかったな、なんてどうでもいいことを思いながらベッドへ横になれば、

どこかへ落ちようとする自分の身体。

怠重さが私の上に伸し掛ってきてくるように、私は消毒臭いベッドに身体を押し付けた。

眠ろうと目を閉じれば、頭痛がうるさくて、身体が燃えるように熱くて、眠りを遮る。

それでも私は目を閉じ続けた。

時折グラウンドから聞こえてくる皆の楽しそうな声は私を苦しめる。

私がいなくても皆は楽しそうで。

人間に自己消滅機能なんてかっこいい物が付いていたら私はいつ押していたんだろう。

でも、そんなものが付いてるくらいなら私はだれかの為に押したいと思った。

だって、今ここでそれを押したら、私の今までの努力はなんだろうって感じたから。

努力を積み重ねてここまで生きてきたのなら、私は誰かを助けるために犠牲になりたい。

これはただの綺麗事かもしれない。でも今の自分ならそうしたいという気持ちが、ほのかにあった。

私は一体、誰の為に押すんだろ。

一段と毛布に包まれば、跡部君の事が恋しいと感じた。










――――――。

目を開けたら空には真っ赤な夕日が広がっていた。

奥に見える雨雲が時々、橙色の太陽を隠す。

ベッドから身体を起こせば、先生が運んできてくれたのか自分の鞄が立てかけられていた。

寝てもなお頭に鳴り響く鈍痛。

一晩グッスリ寝ないと治らないように思えた。

鞄を持ち、保健室の外へ出ればジメリと湿った空気が私の身体にまとわりつく。

足を引きずりながら、靴箱を覗くと、そこには手紙が入っていた。

それは私への挑戦状。

校舎裏へ来いとのことだった。私は即座に行くことを決める。

いつまでたっても、逃げてばかりじゃ、駄目。

自分から立ち向かう気持ちで行かないと、きっとずっとこのままだと思う。

私は手紙を握りしめて、校舎裏へと向かった。



歩いてる間、とてつもない大きな不安が心に溜まる。

これから何されるんだろうとか、痛い目に合ったらどうしよう、とか。

でもしばらく考えて、そんなことは今更だと思い直す。

今までだってあった。言葉の暴力や無言の暴力。

いろんな暴力は私を酷く黒くさせた。

だけど、ここまで耐えてきたんなら、きっといける。

彼女たちに、言い返す。自分の意見を貫き通してやる。

跡部君のように。






校舎裏に行けば、クラスの数人の子や、チラホラと知らない顔が私を出迎えた。

ヤンキーの溜まり場みたいになっていて、彼女たちのけたたましい笑い声が私の頭を割るよう。

彼女たちはあっという間に私を取り囲み、壁へと押しやった。

不安、恐怖、緊張が私を支配してくるのが分かる。

落ち着け、私。

ギュッと拳を握り締めればなんとか抑えることができそうだった。




「へえ、来たんだ!」

「意外だわぁ、マジで来るなんて頭どうかしてんじゃねえの??」






ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる彼女たちに私は目を落とす。

ああ、やっぱり駄目だ。言えないよ。

私が俯けば俯くほど彼女たちの声が屈辱的に聞こえた。

でも何かが、彼女たちの言葉に合わせて沸々と膨れ上がってくる。

どうしようもなく熱くて、歯の奥を噛み締める。

この感情は、きっと。

怒り。

私はそれに身を任せつつあった。




「どうしてこんな子が跡部様のお気に入りなのか信じらんない」

「忍足君もどうかしてるよね〜。告白したんでしょ?」

「跡部様も忍足君もって・・・欲張りすぎ!」

「アンタ、可愛くもない癖に粋がってんじゃないわよ!」

「マジで見てて腹立つの。

いじめられててまだ分かんない?学校に来んなってことだよっ」




彼女たちの吐き捨てる様な物言いに、私のその感情は爆発した。

鈍痛が鳴り響きすぎて感覚が分からなかった。

だけど、許せない。という事は強く感じた。

その感情はとても強烈で、私に勇気を与え、饒舌にさせた。

不意に顔を上げ、怒りの対象を睨めつける私に、彼女たちは少しの動揺を見せた。

そこから私は一気に畳み掛けるように言葉を飛ばす。




「弱いものいじめをするあなたたちに言われたくない」

「なっ!」

「いじめるっていう卑怯な手を使う子たちは跡部君事を好きでいれる価値なんてない!」

「・・・」

「そういう酷い事をするあなたたちの事を、“跡部様”は好きになると思っているの?」

「うるさいんだよッ!」




その私の言葉に殆どの子は押し黙ったが、

私に近い位置にいた子が手を思いっきり振り上げる。

別に殴られたって構わない。彼女の気が済むのなら。

だけど反射的に目を瞑れば、一向に来ない平手。

不思議に感じて目を開けば、彼女は腕を捻り上げられていて。

苦痛と屈辱の声を漏らす彼女に横には、

ジャージ姿でラケットを抱えた跡部君が立っていて。

彼は氷の様に冷たい目で彼女たちを見据えた。




「よお、こんなところで何してんだ」

「あ、跡部様・・・」

「別に、なんにもない、です」

「何もない、か。嘘を付け」



彼はギリ、と捻り上げた手を乱暴に解放し、守るように私を自分の背後へ回した。

跡部君は、居て欲しいと思ったときに直ぐに現れて、私を救ってくれる。

ありがとう。

思わず彼のジャージの裾をキュッと握れば、跡部君は私の手を力強く握った。

もう、離しはしねえ。と呟いて。





「なんでっ、どうして跡部様はその子を庇うの!?」

「俺様がコイツを守りたいと思ってるからだ。文句あるかよ」





跡部君が有無を言わせない言い方をすれば皆が押し黙る。

だけど、私はそれどころじゃなかった。

私はまたあの感情が波紋のように広がる。

今度は怒りではなくて、跡部君と一緒に居るときに湧き上がるこの感情。

跡部君と繋がっている手が幸せだと感じる。

そんな彼は私の手をさらに強く握り、彼女たちに強く言い放った。





「失せろ、そしてもう二度とこんなことをするな」

「ッう・・・」

「見ててウンザリなんだよ。・・・分かったら早くどこか行っちまえ」

「ッく!」

「・・・アンタは?なんか私たちに言いたいことないの?」





急に話を振られ、私は跡部君の後ろから、恐る恐る顔を覗かせた。

彼女たちに伝えたい気持ち・・・。

それを言おうと言葉を思い出すと懲りずに溢れた涙。

地面にシミを作るのと同時に私は言葉を零した。





「ッう・・・辛かっ、た」





私のその言葉に女の子たちは息を飲み、俯いて声を詰まらせた。

いろんな意味を込めて呟いたその言葉は、ちゃんと彼女たちに伝わったようで。

跡部君は私を見下ろすと口元に弧を描いた。

彼のこの顔を見るのは久しぶりだな。

また波紋が広く心に靡いた。

ゴシゴシと目を擦れば、彼女たちが退散していくのが見えて、私は胸を撫で下ろした。




「お前にしては、よく言えた方じゃねーか」

「ん、頑張ったよ」





跡部君が私の頭を撫でる振動で思わず片目を瞑る。

笑って見せると彼もふう、と溜め息を付きながら笑う。

でも、どうしてここへ?

私がそう問いかければ、お前がここへ行くのがたまたま見えたからだ、と呟いた。

彼のその気遣いに、忘れていた罪悪感が現れ、膨れ上がった。

「あ、跡部君。ごめんなさい!!」

私がガバリと激しく頭を下げれば、頭痛もドクンと共鳴して、また目眩を覚える。




「アーン?本当たぜ。謝るだけじゃあ足りねえな」

「ぁう・・・、どうすれば?」




そう聞けば跡部君はテニスコートに戻ろうと背中を私に向けた。

彼の大きな背中は、さっきのように私をすっぽりと隠してしまう。

落ち着く場所。

温かさが残る背を私に向けながら、彼は言った。




「お前はずっと俺様の傍にいればいい。ただ、それだけだ」





計り知れないほどの大きな波紋が心に行き渡るのを感じて、

それが私の心臓の鼓動を早くした。

言うだけ言って去ってしまいそうな彼の背中に、私は思わず手を伸ばして抱きついた。

同時に彼の香りが私の鼻をかすめて、落ち着かせる。

私の、大好きな香り。





「あり、がとっ。跡部君・・・」

「ったく、泣き虫な姫様だな」





私の目元をジャージで擦ると、大きな手が私の頬を捉えて、滑るように撫でられる。

私は、まだ彼の傍にいていいんだ。

許しを得た事で、私の気持ちは驚くほど変わった。

スッキリしている心は新品に取り替えられたかのように、綺麗で。

これも全部彼のお陰だと私は微笑んだ。





跡部君は泥沼に浸り切っている私をいとも簡単に引きずりだして。

やっぱり王様はすごい、と私は感じた。










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