Chocolate dream

□第9章
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「っはあ・・・」






気持ちの良い5月中旬の青空を上に、私は深い溜息を付いた。

歩きながら地面と自分のローファーをボーッと眺めみる。

今日は月曜日、氷帝学園に登校中。

鞄の中にはこの前跡部君に借りたジャージがギュウと詰まっている。

まあそれは後で彼に返すとして、私が悩んでいるのはその事じゃない。



忍足君のこと。



告白された。

本当はとても光栄で喜ぶところだと思うけど、モヤっと私の心に何かが広がる。

返事は、しっかり返せなかった。

その事が泣いてしまいそうなぐらい私を責める。

“付き合うつもりはない”

そう言うだけなのに、私はただ困って彼にされるがままだった。

こういう時こそしっかりと自分の意見を言うことが大切なのに、



私にはそれが出来ない。

人に、嫌われるのが、恐ろしく怖い。



どうしてそう思うのか、ただの心配性?自愛心?

人に嫌われて、一人になるのは嫌。

だから決断をする時に自分に甘くなる。

ああ、ダメだ。

ギリと奥歯を噛み締めて、悔しさを無理矢理押し込む。

言おう、きちんと。

忍足君に。

決意の拳を握り締め、私は氷帝学園の門をくぐった。










3−A。

自分の教室の前で足が立ち止まる。

頭の中で混乱がグルグルと渦を巻き浸透する。

どうしようどうしよう。

彼に会ったらなんて声を掛ければいいんだろう。

考えておけば良かったっ・・・!

とりあえず勢いで行ってしまおう!と扉を思い切って開ける。

そこはいつものように騒がしい教室。

私以外、この教室を気に留めている人なんて誰もいない。

彼は、忍足君はまだ朝の練習中のようだった。

ホッと息をつけば、変な感覚に陥る。

あれ?

教室に入りながらグルリと辺りを見渡せば、

なるほどリナが今日は飛びついてこなかったのだと納得する。

おかしいなあ、毎日恒例のように飛びついてくるのに。

彼女の席に目を移すと確かにリナはいた。

けどいつもの元気がなく、顔色も悪いように見える。

どうしたんだろ、何かあったのかな?

色んな理由を考えながら私は自分の机に鞄を置き、彼女の元へと歩み寄った。





「リナ、おはよう。どうしたの?顔色悪いよ・・・」

「・・・聖」




顔を上げた彼女の瞳は、少し赤く腫れていた。

え、泣いた・・・痕?

彼女はすぐに私から目をそらすと、

“放課後、話があるから”

それだけ言うと、席を立ち、どこかへ行ってしまう。

リナ・・・?

本当に、どうしたんだろう。

いつものリナらしくないし、こんなことは初めて。

私がそこに佇むんでいると、跡部君と忍足君が朝練が終わったのか、教室に入ってくる。

同時に女の子たちの歓声。

ぅ、あ。忍足君・・・。

目があったのは、気のせいだろうか。

跡部君がドカッと自分の席に座るのを見てハッと我に返る。

あ、ジャージ渡さなきゃ。

ゴソゴソと鞄から跡部君のジャージを取り出し、

なるべく忍足君を気にしないように彼の元へと行く。





「おう倉永、どうした」

「跡部君おはよっ。これ、ありがとうね」




私が彼にジャージを手渡せば、気にするなと彼は言った。

そして跡部君にもお礼を言われる。

それはこの前の土曜日にプレゼントしたテニス用具について。

ちょうど欲しかったものだったようで私は、良かったと胸をなでおろした。


彼に助けてもらったお礼に。

テニスに誘ってもらったお礼に。


彼のおかげで立ち直れた。

もちろん忍足君も・・・。

彼の席に目を移せば、彼は静かに読書中だった。

いつも通りに過ごす彼に私は羨ましいと思った。

公私を分けれるなんて、私にはできないから。





チャイムが響けば担任の先生が教室へと入ってくる。

リナは、戻ってこなかった。

今までに無い事態に私の心はソワソワと動き出す。

本当にどうしたんだろうリナは。

それに、話って・・・?

嫌な予感が不意に心に過ぎろうとしたが、私はそれを無意識に押し殺した。





「・・・ん?内田リナがいないな。どうしたんだ」





誰も真相を知っている人はいないみたいで、みんなは知らないとザワザワと騒ぎ出す。

先生と目が合い、お前は何か知っているか?と目で訴えられたが、私は静かに首を横に振った。

一度も欠席したことがないリナがいないのはなんだか変な気分だった。

先生はそうか、と一言で済まして連絡事項へと簡単に移る。

ただ生徒が休んだ、というだけなのかもしれないけれど、

私にはそんな些細なことが、とても重要に思えてしょうがなかった。





そのまま英語の授業が始まるも私は彼女の事しか頭になかった。

忍足君のことなんて、頭から消え去っていた。

それぐらい、リナは大切な友達。

私たちは中学一年生の時に知り合い、そこから三年生までずっと同じクラス。

その三回目には、神様の悪戯だと二人で笑いあった。

私たちは何をするにも一緒で喧嘩なんてしたことは一度もないくらい。

ちなみにリナが“忍足君が大好き”と言い始めたのも出会った時からだった。

入学式の日、仮入部をどうしようかと悩んでいたあの時。

あの頃はまだ私はテニススクールを続けていたんだっけ。

彼女が声をかけてくれ、一緒にテニス部を見学しに行った。

そして、その男子テニス部にはあの二人がいたんだ。



跡部君と・・・忍足君。



跡部君は一年生なのにレギュラージャージを着て。

忍足君は何故か制服のままで。

キラキラと汗をなびかせながら小さなボールを一生懸命に打って。

テニススクールに通っていた私さえも見とれる華麗なフォームで。

二人は闘志を燃やしながらも、とても楽しそうに笑っていて。

二人のテニスに魅了された私たちはここに入ろうと決意した。



けど、あれ?

それから、何があったんだっけ。

今は部活に所属していない。

それは中学生になってからずっと。

だったら結局入らなかったんだと思った。

でもどうしてだろう。

肝心な部分が思い出せない。

だけど、確かリナはそこで忍足君に惚れていたはずだった。

すごいな、そう考えればリナは2年以上も彼のことが好きなんだ。



そんな親友の大好きな人を奪った。



それは、違う。

心の中でその言葉を否定する。

奪ってなんかない。ただ、上手く返事が出来なかっただけ。

必死に自分にいいように言い聞かせば、不意に先生に名前を呼ばれた。

そういえば今は授業中。

全く話を聞いてなかったと焦れば、先生は珍しいな、と呟いた。

えっ、と。

この英文を読めば・・・いいんだよね。






「"Why did my father die? I wont to die, too."

Cried a boy of fourteen.」

「Very good!相変わらず倉永も発音が美しい」





私はそうだろうか、と首をかしげる。

両親の都合で海外へつれ回されていたから英語には慣れているけど、彼の、

跡部君の言い放つようなイギリス訛りの英語の方が私は好き。

ちなみに今の英文を訳すと、

“何故、僕のお父さんは死んでしまったの?僕も、死にたい。と14歳の男の子は泣いた。”

今の私を落ち込ませるのには、すごく丁度良い英文だった。

心が静かに重くなるのを感じる。

お父さんは元気にしているかしら、と一人窓に外を眺め見れば、

なんとなくお父さんに会える気がした。



お父さんも私に友達が出来たことを喜んでくれていたっけ。

今まで海外住まいで、しかも転々と飛んでいたものだから、まともな友達なんて、

一人もいなかった。

お父さんはリナを気に入っていたみたいだし、リナもまた私のお父さんを

良いお父さんだね、って言ってくれた。



嬉しかった。

日本に戻って来て、私は初めて皆と思い出を共有する楽しさを知った。

“友達”と笑い会えることを知った。



リナと遊んだ日々も、

跡部君たちと遊園地へ行ったことも、

ほとんどが初めての連続で、ワクワクしたんだ。



それが、気がついたら、

あまりリナと会えなくなってて。

リナは気にしなくても良いと、私を跡部君の元へ行かせ。

忍足君と仲良くなって。

きっと嫉妬をしない、と言っていたのも豪語に近いのだろうと

今更気付く。

きっと、話ってその事なんじゃないかなって私は思った。









私が想像してたよりも遥かに難しい人との関係。

人にはいろんな過去があって、想いがあって、

それに繋がる”未来”があって。



想いによって未来が変わる。



今はその分岐点じゃないのかなあって思った。

だけど、その分岐点さえもぶれてしまいそうなくらい、皆が温かくて。

私はその温かさに知らず識らずに頼り過ぎていたと、

後々気付いた。

本当に馬鹿な私。





無意識に目尻に涙を溜めて、青空の窓から目を外せば、

今まで見ていた空にそっくりな跡部君の瞳と交感する。

そして私は一粒だけ涙を流した。










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