Chocolate dream

□第6章
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忍足が倉永を抱えて保健室へ行くのを見届ける。

俺がアイツにそう頼んだんだが、妙な苛つきが俺を支配する。

どうにも面倒くせえな、この感情は。

その感情を倉永が花瓶を落とされた事と無理矢理に結びつける。

それにしてもお痛が過ぎるんじゃねえのか。

嫌いな相手とはいえ花瓶を落とすなんて精神の奴はそう居ねえ。

俺が気付き、咄嗟に倉永を庇えたから良かったものの・・・。

当たっていたらどうするつもりだったんだ。

俺がその場に怒りでグシャリと地面を靴底で削れば、

そこには土が削れ、傷が残る。

それは柔らかい彼女の心、たった今の心情を表しているようだった。

身体を震わせながら、ただただ怯えることしかできない彼女。

そんな小さな彼女を介抱したのが俺ではなく忍足だということにも苛立ちを覚える。

クソッ、考えてもらちが明かねえ。

・・・行くか。


俺は花瓶が落ちてくる―落とされる―瞬間をこの目でしっかりと見た。

2ーC。

それが俺の今回のターゲット。

大方、昼に倉永を呼び出していたのもあのクラスの奴等だろう。

絶対許さねえ。

俺は冷徹な目を鈍く光らせ、教室へと向かった。






俺様がいつもと違う早足でも、廊下を歩いていると女子がなんらいつもと変わらず

歓喜、いや狂喜な悲鳴を上げる。

ああ、うるせえ。

俺にとってこれは耳障りな雑音。



“今日の跡部様、なにかいつもと違うね。”

“ねー!でも・・・そんな跡部様も素敵っ!!”



お前らに俺の何がわかる?

今の俺は本当に“素敵”なのか?

ただ表面を見れば、校則を正そうとする、健気な生徒会長のようだが、

本質は違えと俺は感じる。

それは一人の少女を守るために、

敵を狩りにいく・・・と言った感じなのだろうか。

分からねえ、だがどっちもだ。

生徒会長として叱責し、友人として少女を守る。

そうとしか、考えられない。



雌猫の声が募れば募るほど俺の怒りも蓄積する。



「跡部様っ!!これ、クッキー作ったんですっ!!よかったら・・・」

「跡部様―っ!これプレゼントですっ!!受け取ってくださいっ!!」



のんきで馬鹿な雌猫どもが俺を囲む。

いつもいつもご苦労なこった。

俺が頼んだわけでも、欲しがったわけでもねえのに、毎回毎回・・・。

しかし受け取れば相手に少しでも期待させてしまうことになる。

それが、尊敬、憧れ、恋でも。

変に期待させてしまうより、断った方が断然結果は良い。

女は面倒くせえ。だから嫌なんだ。

下手なプレゼントして、媚売って、機嫌を伺って、他の女を平気で蹴落とす。

集団では繋がっていても、裏では陰湿な争い繰り返してる雌猫共は

とても醜い、とても汚い。





「失せろ」





立ち止まりもせず、そいつらの横を通り過ぎる。

コイツらに比べてアイツは・・・

後ろから嗚咽の混ざった泣き声が聞こえる。

だー、もう面倒で面倒でたまらねえ!

何故そんな事で泣く?

泣くのならば根本より、どうして俺に取り巻く?

その事は自身の面倒な感情よりも面倒だと思った。

だが、それに構っている暇はねえ。

早く2ーCへ行かねえと。

俺はツカツカと足音も増して、歩みを急がせた。

思ったより早く教室に着き、俺は勢いよく扉を開けた。

中は一斉にざわめき始める。

その中でもあ5・6人の女どもが青ざめたような顔でたじろいでいるのが目に止まった。

・・・あいつらか。

あいつらが倉永を。

そう思うと俺の中で沸々と怒りが沸き上がってくる。

こんなに感情的なのは俺じゃねえ、と心の中で呟く。





「おい!そこのお前ら!!」






俺が呼ぶと、身体をビクッと震わせより青ざめた顔でこちらを見る。

やはり心辺りがあるようだ。

怒声だったか、教室の中が騒然と沸き上がる。

落ち着け、俺。

冷静になれ。





「こい」







ただ完結にその一言だけ吐き捨てる。

そうでもしないと違う言葉がつらつらと連なりそうだったから。

ああ、クソッ。

俺は思わず無造作に髪を掻揚げた。

どうして今日はこんなにも感情的なんだ。

冷静に、なれない。

怒りが絶えず湧き上がる。

俺はそいつを必死に押し殺し、怯えた面で廊下に出てきた女子数人を連れ、生徒会室へと向かう。

授業開始のチャイムが鳴り響くが、気にしない。



呼び出した奴らはこの俺様のファンクラブの中でも一番タチが悪い。

気に入らない奴の噂は事実でも虚実でも言いふらす。

それでも収まらない場合、実行に移す。

ある意味素晴らしく潔いが、やり口が外道極まりない。

しかしそいつらは移動している間、怖いくらい静かだった。

横目で様子を伺うと、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

普通の奴はその顔を見たら、

自分も何か悪いことをやってるのではないかと己を振り返る奴もいるのだと思うが、

生憎、俺には火に油を注ぐような物だった。

そんな顔をするのならば最初からしなければ良いだけのこと。

こんな低俗な奴らが気高き氷帝にいることでさえ怒りを覚える。





「入れ」






“失礼します”と今にも消え入りそうな声がかすかに聞こえる。

そこだけはきっちりと言う表面だけのお嬢様。

中身はドロドロとしたタチの悪い女。

フン、だからお前らはいつまでたっても雌猫なんだよ。





「どうして俺が呼んだのか分かるよな」





そう聞くとコイツらの俯いていた顔がさらに俯き、身体が震え始めていた。

チッ、何か言えよ。

いつもは強気なくせにこういう時になると、しおらしくなる女はムカつく。

こういう時、誰もが別の人が言ってくれると他人に頼ってばかりで

自分から勇気を出して答えようとはなかなかしない。

大体は出案者やその集団のリーダーにすがりつく。

今やその重大なリーダーは口を塞ぎ、鋭い目つきで床を見つめているが。





「花瓶落としたの、お前らだろ」





もう回りくどい聞き方はしない。

と言ってもしたつもりはないが、これでなにか言ってくれるだろう。

俺もできるだけこいつらの口から真実を聞き出したい。

俺は生徒会室の豪勢な椅子に座り、後ろにある窓を仰ぎ見た。

とても心地の良い空、雲一つない青空。

この空を心だとして、雲を汚れとすると、どれだけ汚れを知らない心だろうか。

欲望もなく、悲しみ、怒りも分かっていなさそうなただ単純な心。

そんな心より、雲が少しでもある空の方が人間らしいんだろうが・・・。

コイツらは雲が濃すぎた。

風を吹かして少しでも晴らさなければならないほどに。





「・・・だって」






アーン?

静寂を包んでいた室内に、細い声が空気を震わした。

声の主はやはりリーダー格の人物。

周りはホッとしたかのように緊張した面をほんの少し緩ませていた。

俺は窓の外の綺麗な心を見るのを止め、汚れある空に目を細めながら見た。





「だって!跡部様があの女のことばかりかまうからっっ!!」






汚れは言う。俺のせいだと。

たとえ俺のせいだとしても、お前らが手出しをする分際じゃねえだろう。

もっと、確かに、真っ直ぐに伝えられる方法があるはずだ。

いや、ある。

だが、コイツらの取った行動は花瓶を落とす、という何も伝わらず、馬鹿げたこと。

本当にこいつらのやることは俺には理解できん。

まぁ、理解したくもないがな。





「だからって花瓶を落とすのかよ」

「あの女っ!私たちが忠告したのにも関わらずに跡部様に近づくからっ!」

「アン?忠告だと」






俺がそう聞き返すとそいつはハッとなりまた押し黙る。

周りの奴らが苦虫を潰したような顔持ちでリーダーを見据えた。

そんな顔するんだったらテメエらで言えば余計な心配をしないで済むものを。



・・・忠告。

その言葉が俺の頭の中でグルグルと回る。

チッ、嫌な予感がするぜ・・・。

倉永の昼の用事がコイツらだとすれば、

朝からの彼女の様子と関わりが結び付く。

なるほどな。

クラスの奴らが俺と倉永が遊園地へ行ったことを知り、

ファンクラブ関係全員にメール。そしてそのメールを受け取り、

怒りを肥やさせた奴がコイツら、という訳か。

全く。ややこしい事をしやがるぜ。

俺は心の中でそう呟きながら、コイツらの正面を見据える。





「その忠告とやらを詳しく教えてくれ」

「くっ・・・」

「言え」





俺がそう凄むと観念したような声で震えながら話し出す。

なにをそう怯えているのやら。

後悔するようだったらやらなければいい。

その前に、この事がやっても良いことなのか悪いことなのか判断つくだろう。

ガキかよコイツらは。





「・・・今日のお昼の休憩時間に・・・メールで呼び出して・・・忠告しました」





リーダー格の吐いた答えに俺は瞳を鈍く光らせた。

あまりにも抽象的だ。俺はそんな答えなど求めてねぇ。

俺は立ち上がり、目の前にある机に片手を付く。





「忠告の内容を聞いてるんだ」





俺がそう言うとさっき話した女は泣き出してしまった。

思わず舌打ちをしてしまう。

泣けば許されると思っているのか。

苛立ちと共に催促の視線をほかの奴に向けると

観念したようにポツリポツリと口を開く。





「体育館倉庫に呼び出して・・・。“跡部様に近づくな”と言いました・・・」





そんな下らない事をわざわざ・・・。

ご苦労なこった。

こっちからすれば逆にお前たちのような奴に近づいて欲しくないが。

そいつは言い終わるとスッと視線をそらした。

ったく・・・こいつまだ隠してやがるな。





「本当のことを言え」





そいつは俺の顔をキッと見る。

俺も睨み返す。

コイツの瞳はギラギラと真っ直ぐに、

憎しみ、怒り、悔しさを着飾らず剥き出しで伝えてくる。

こういう目は嫌いじゃねえ。

だが眼力で俺様に勝とうと思うな。

さらに鋭く睨み返せば、アイツの瞳にみるみる諦めの色が広がる。

すると本当に観念したように全てを話出す。





「あの女、いつまでも跡部様から
離れないから、今日呼び出して思いっきりボールをぶつけた」





多少自暴自棄になっているのか、淡々と、しかし力強く言い放つ。









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