Chocolate dream

□第5章
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「ほら、着いたで」






忍足君が私を保健室のベッドへ下ろす。

ギシ・・・という軋む音が静かな保健室に大きく響いたように聞こえる。

その静寂は少しだけ私を落ち着かせた。






「先生はいないみたいやなぁ」

「お姫様抱っこなんて初めてしたわ」






忍足君はなにも話そうとしない私にやんわり、ずっと話しかけ続ける。

それを私は何度無視してしまっただろう。

声を出そうと口を開けば、言葉にならず吐息となる。

それがどんなに情けないか。

彼の言葉に答えたい。

たけども声が空を切る。

悔しくて、情けなくて、たまらない。

落ち着きつつある心にまた、感情の波が激しく押し寄せた。





「倉永・・・」






そう優しく私の名前を呼び、横に座る。

そして、ほのかに彼の優しい匂いが私を包む。

自然と彼の胸に埋まる私の気持ち。

やっぱりこの人も温かい。

私は氷帝テニス部のみんなの温かさを忘れられないでいた。





「辛かったら泣いてもええんやで?」




優しく、胸に響く声に耳元で囁かれる。

それは、ふとした衝撃で私の心の扉を押し開いてしまいそうなほど。


身を委ねたい。

素直になりたい。

泣きたい。






「ほら。ええこええこ」





そうやって私の頭をポンポンと軽く撫でる。

あぁ、駄目。

そんなことされたら・・・。

我慢していた、吐き出さないようにしていた

私の汚い部分が出てしまう。





「・・・ッ!・・・く・・・ぅふ」






押さえきれず、吐き出されてしまう私の弱い部分。

汚い部分。

それでもどうしても押さえようとして声を噛み殺す。

だけどそれは逆効果で、どんどんと私の口の中に汚いが蓄積する。




「ええこや」





そう言って忍足君は私をより強く抱きしめる。

私はいつの間にか汚いを思いきり吐き出していた。

欲望を全て吐き出す。

醜い声を上げ、必死に忍足君にしがみつき、泣きじゃくる。


その様子は小さい頃の私のまんま。

何も変わっちゃいない。


だけど、彼はそんな私を強く強く抱きしめ続け繰り返しの言葉をくれる。

“大丈夫や”

“俺がおるから”

私の汚いを見せても、彼は物ともしない。

それがすごく嬉しくて。

私はこれでもかというほど必死に彼に泣きついた。

泣いて、泣いて、泣きまくった。

泣いている原因すら分からなくなるぐらいに。






しばらく泣き続けると私の汚いは全て吐き出されていた。

妙に清々しい私の心。

だけど、しゃくり上げる声が保健室を支配する。

その声を自分で聞きながら、まだまだ子供だなあ、と思った。





「落ち着いたか?」





彼の言葉にコクリとうなずく。

鼻もズルズルとすすり、ゴシゴシと袖で涙を拭く。




「あ、倉永。よう見たら所々赤く腫れとるやん」





え・・・、あ。

まだ冬服のブレザーを着ているからよく肌は見えないが、

スカートから出ている足には確かに赤い腫れがところどころ見えた。

・・・きっと、さっき投げられたバスケットボールだ。

気持ちばかり動転していて、

自分の身体の変化なんて全く気にしていなかった。

気にするほど余裕がなかった。

赤くなった部分をみると何故か今更になって

痛みが襲ってくるような気がした。





「これは・・・手当したほうがええなぁ」






彼は立ち上がると、おもむろに保健室の棚などを物色し始めた。

その様子を私はただジッと眺める。

どうして忍足君は、私にここまでしてくれるんだろう。






「ほら、手当するで」





何か手当て出来るものを探し当てたようで、スッと私の足元にしゃがみこんだ。

ふと彼の目線が私のスカートに止まる。




「あ…。自分、短パン履いとる?」





その言葉に私は否定の首を振る。

すると忍足君は立ち上がると、私の座っているベッドから枕を取る。

そしてそれを私に差し出した。





「ほら、これ足の間に挟んどき。見えへんから」






コクリと頷き、私は枕を足の間に挟んだ。

不意に私の心に黒い感情が横切り、下唇を噛んだ。

さっきから全く喋れない私に腹が立つ。

胃がムカムカしてくる。

口を開こうとすると倦怠感がドッと押し寄せてきて気持ち悪い。



私が足の間に枕を挟んだことを確認すると、

彼はもう一回しゃがんで私の靴下をおろす。

ベッドの上から見ただけでも大きく赤い腫れがそこにはあった。

思わず息を飲んでしまう。

ここまで酷かったなんて。

赤くなってる理由、言ったほうがいいのかな。

私は何か言わなくちゃいけないような使命感に駆られ、

倦怠感を必死に押し戻して、声を出した。





「それは・・・」

「大丈夫、嫌やったら言わんでええ」





彼は手当をしながら、そう優しく微笑む。

ふぇ・・・っく。

性懲りも無く、また震え始める身体。

流れ落ちる涙。

駄目だ。

泣いてばかりじゃ駄目。

静かに空気を吸い、手当をしてくれている忍足君に届ける。



「ボールをっ、ぶつけられた、の」



言いながら声までも震える。

また彼に泣きつきたくなる。






「なるほど。跡部のファンクラブの子らか」

「えっ?」






咄嗟に声が出て、思わず口を塞いだ。

・・・即答。

そこまであの人たちの行動はみんなに知られているのか。

重い鉛のような物が心にどんどん蓄積していく。






「まあ・・・噂になっとったくらいやからな」





噂。

また噂・・・。


“最近、跡部に最も近い女の子”


やめて。

彼に近い女の子なんて、私だけじゃないでしょう?

他の子も・・・。

そう私が思った瞬間、あの人たちの言葉がフラッシュバックする。



『初めて跡部様が女子の中で“友達”を作った』



吐き捨てるようなあの子の言い方が頭の中で反響して頭痛を起こす。



そっか、私が友達になったからだ。

お弁当も一緒に食べてる。

遊園地にも一緒に行った。

とっても、楽しかった。

もしも自分の好きな人が別の女の子と一緒にいたら・・・。

・・・、分からない。

そういうのはよく、分からない。

分からない事はおかしいのかな。




「不安そうな顔すんな」





彼は立ち上がると

スッと私の頬を撫でる。

それがくすぐったくて思わず身体をよじる。

彼はそんな様子の私を見て、フフと笑うと

再度、私の隣へ腰を下ろした。





「あーぁ。そんな子らのせいで綺麗な足が台無しや」






そう言いながら手当をしたところを優しく撫でる。

それも少しくすぐったい。

だけど忍足君の手の暖かさが心地良いと感じた。





「足はこれでOKやな。次は」

そう言うと私の腕を見る。

「腕とかは大丈夫なんか?」






腕・・・。

そういえば腕も背中もいっぱい当てられたっけ。

私は腕をギュッと触ると、思いがけない鈍い痛みに咄嗟に顔をしかめた。

「…ッ」

すると忍足君が困ったような顔をし、ため息をつく。





「腕もか」

「あ、う、ごめんなさい」





不意に私の悪い癖が露骨した。

自分が悪い、と思ったときー思い込んだときーすぐに謝るこの癖。

使いどころを間違わなければ良いことかもしれないが

人には謝られたくない時だってある。

その事を何度親から注意を受けたことか。




「ほら、謝らんと脱いで」





へ?脱ぐ??

予想も出来なかった言葉に私は思わず目をパチクリさせてしまった。

そして今までの感情が全て無かった様に、いつも通り反射的に飛び出る言葉。




「え、あの、どうして脱ぐ?」

「腕とかも手当せんとあかんやろ」




彼は当然と言うかのように平然としていた。

テキパキと進める手当ての支度。

でも脱げってそんなきっぱりと・・・。

まあでも裸を晒す訳でも無いし、大丈夫か。





「あ・・・。でも腕動かして痛いんなら俺が脱がしたほうがええか」

「えぇ!?さ、流石に・・・」

ムリ。





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