Chocolate dream

□第3章
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フワリと私の中を染めていく彼の香り。

体温、ぬくもり、・・・鼓動。

すべてが初体験だった。

男の人のぬくもりに触れることは父親以外に無かったのではないだろうか。

それぐらい私は男性に免疫が無い。

だけど相手が跡部君だと分かった瞬間、私の心は混沌から解放されていた。

それどころか、今は彼に身を預けている。

妙に落ち着く私の心。

私は一体どうしちゃったんだろう。

分からないけど確かなのは、人肌はとても温かく落ち着く、ということだった。

どうしたといえば跡部君もどうしたのかな。

一向に私を解放しないところから見ると、まだ問題は解決していないように思えた。

少し身体をひねり、跡部君の身体ごしに彼の後ろを見る。

するとそこには複数人の女の子たちが、信じられないといった様子で互いの顔を見合っていた。

誰だろう?

跡部君の知り合いには見えないけど。

私は理由を知るために、一応小さな声で彼に話しかけた。





「ねぇ、あの子達どうしたの?」

「さっきから付きまとわれて鬱陶しいんだ。何言っても聞かねえし」





ああ、言われてみれば確かに服装も髪型も少し派手だし、

素直に言うこと聞くような子たちに見えないな。

でも、跡部君はやっぱりモテるんだ。

すごいなあ、こんなところでも女の子に囲まれ・・・。

本人は嫌がってるけど。





「チッ、ここまでしても行かねえとは。・・・おい倉永」

「ん?」





跡部君は私を呼ぶと、クルリと身体を移動させる。

それはちょうどあの女の子たちから私たちの横顔が見える位置。

彼女たちも突然の状況変化にさらに目を見張る。

そんな状況下の中、跡部君は私の耳元でボソリと呟いた。





「一瞬で終わる。目、閉じな」

「へ?」

「いいから、閉じな」





・・・?

何だろう。

私の想像が達しない中、跡部君も移した行動はまさに”一瞬"の出来事だった。

私が目を閉じるのと同時に素早く私の腰に手を回し自分の身体に引きつけ、

もう片方の手を私の頬におくと、クイと上げた。

すると目を閉じた闇がもっと黒さを増す。

きっと跡部君が顔を近づけてるんだろうと察する。





「しねえから安心しとけ」

「・・・うん」





その証拠に彼の声を近くで感じ、また吐息も同様だった。

女の子たちの悲鳴も私の耳に悲観的に響く。

反射的に薄目を開いてしまうと、彼の深く蒼い瞳とすぐ近くて混ざり合った。

あっ・・・ぅ。

透き通るように蒼い彼の瞳。

――――――――妖淫。


1番にそう思った。

誰もを虜にしてしまいそうな妖淫さ彼の瞳に存在していた。

それでいて、深く透明な蒼は私のすべてを見透かしているようで・・・。





「なあ、いつまでそうしとるつもりや・・・!」





忍足君の苛立ったような声で我に返る。

跡部君も"やっと行ったか・・・"という言葉と共に私の身体を自由にしてくれた。

ふと横を見れば、複数の女の子たちは見る影もなく、忽然と消え失せていた。

あれ、気づかなかった・・・。

いつの間に?

ぼけーっとその場を見つめている私の耳に忍足君の悲痛な叫びが届く。





「目の前で長い時間そないな事されて、俺は・・・!」






うー、ごめんね、忍足君・・・。

彼の言葉に思わず謝罪の言葉が心によぎる。

誰だって理由がどんなであろうとこんな事見せられちゃ気分悪いよね・・・。





「倉永も悪かったな」





忍足君の言葉もそこそこに跡部君が私に向かって申し訳そう、

・・・ではない平然とした顔でわびを入れる。

跡部君は私とあんなことをしてなんとも思わなかったのかなあ。

だとすれば私はどれだけ魅力が無いのだろうか。

自分で勝手に思った事にまた勝手に落ち込む。

そして勝手に凹んでる私の一方では、跡部君たちが言い争いを続けていた。





「ちょ!跡部、無視せんといて!!」

「あぁ?ギャーギャ喚くな、うるさい」

「なっ・・・!それひどない?ずっと・・・見せ付けられたちゅーのに!もうええ!!跡部のいけず!どアホウ!!!」





一方的に可愛らしく(?)罵ったあと、プンスカと何処かへ行ってしまった。

忍足君・・・。

本当に、悪いことしちゃったな。

後でまた謝りに行かないと、って、

私は一体何人の人に謝りに行かないといけないんだろう。

苦笑混じりに思い直すと、頭の中に日吉君のぶっきらぼうな顔が思い浮かんだ。

お化け屋敷で助けてくれた彼。

お礼も謝罪もしなきゃ。





「おい倉永。俺らも何処か行くか」





っへ?

私と一緒にまわってくれるの?

跡部君の思いも寄らない一言に私は心底驚いた。

そしてその驚きの色がそのまま私の顔に出てしまっているのか、

跡部君はため息混ざりにこう付け足した。





「助けてもらった礼にお前の行きたい所に付き合ってやる、と言ってんだ」





・・・上から目線ですか。

それもまた跡部君らしいと、いや、

それが跡部君らしいと私は笑った。

そんな跡部君は私が何故笑ったのか分からない、といった様子で私を見下ろす。

だけど、どこに行こうかな。

私も楽しめて、もちろん跡部君も楽しめるようなところ。

・・・そういえば乗りたいと思ってたアトラクションがあったっけ。

そのために遊園地に行きたいと思ったのも、過言ではないはず。





「跡部君。ウォータースライダーに行きたいな」





私がそう要求すると、彼は少し遠くを見た後に、フと鼻で笑った。

声も心なしかさっきまでより弾んだ調子で言った。





「奇遇だな、俺もそこに行きてえと思ってたんだ」

「・・・!良かったっ!!」





私も声を弾まし喜ぶと、彼は温かい目で私を見つめていた。

冷たそうな表情をしたり、今みたいに温かい表情になったり。

彼も充分、分かりやすい人。

私もきっとその分類に入ってる。





「行くぞ」





あくまでも命令口調で言って歩き出す。

さっきより人の少なくなった波に乗ると、スムーズに歩みを進めることが出来た。

でも、どうしてだか空いている両手がそわそわと落ち着かない。

ジロー君とずっと手を繋いでいたのがまだ感覚として手に残っている。

そのポッカリと空いた感覚を、どうにかして埋めたい衝動に駆られた。

だけど今の状況では手を繋ぐ必要なんて全くない。

ちゃんと手を繋がなくても彼の横をきちんと歩けていた。

私が余程のお馬鹿と方向音痴でなかったら、手を繋ぐ必要なんて皆無だろう。

そんなことを悶々と考えながら、

徐々に斜めとなっていく太陽の光を目一杯浴びて、人の波を突き進んでいく。

ちらりと彼を見上げると、また彼もちらりとこちらを見る。

"どうした"

彼の言葉に私は手を繋ぎたいとは言えなかった。

言葉に出す勇気が無く、すんでのところで飲み込んでしまう。

何でもない、と否定の首を横に振れば彼もまた"変な奴"と言って前を見る。

だけど手を繋ぎたい。

自分がどうしてこんなに手を繋ぐ事にこだわっているのかよく分からなかった。




ーーー嘘。

本当は気付いてる。

きっと私は手を繋いでくれるという安心感に執着しているって。

そして、その行為をする事で相手が自分を嫌っていないと確かめる。

最低だ、私。

でもやっぱりこの衝動は収まりそうもない。

こうなったら・・・おりゃ!

勇気を振り絞って跡部君の服の袖をキュッと掴む。

すると跡部君は驚きの表情で瞬時に私を見てきた。

私はとっさに俯く。

だけど思わず勇気を振り絞って出した手を離してしまった。

何やってんだろ、私。

そして後悔。

私はすぐ後悔してしまう。

それはそれだけ気が小さいということ。

やんなきゃ良かった。跡部君だって困って・・・ー。

俯いてる私の目の前に、大きく綺麗な手がしなやかに差し出される。

っえ?

千切れんばかりに勢い良く顔を上げると彼が少し微笑んで手を差し出してくれていた。

どうして・・・、跡部君・・・?

驚いてなかなか手を取らない私に跡部君は一言追加する。





「おら、繋ぎたいんだろ?」





乱暴だけど、彼の、彼らしい優しい言葉。

胸がキュウと温かくなる感覚に陥る。

その感覚と共に彼の手をソっと握ると、彼も握り返してきてくれた。

ありがとう、跡部君。





「フン、迷子になられても困るしな」





彼の声、表情、優しさにドキリと胸が弾む。

・・・っ?

何だろう。どうしたんだろう。

すごく、ドキドキする。

気がつけばカッと顔が火照っていく感覚に陥っていた。

今の私はきっと湯でダコ。

私ばかり火照ってズルいと彼をチラリと見ると、いつも通りの顔色。

あぁ、さすが跡部君だなぁ。

こういうの、馴れてるのかなあ。

生徒会長だし、テニス部部長さんだし・・・。

何よりかっこいいもんね。

私は自分の中でとっさに自己完結をした。

そんな私の様子に跡部君は何を考えているのかを

察したのか呆れた口調で私に言った。





「初めてだからな」

「へ?」

「手を繋ぐのはお前が初めてだ」





少し語尾を強めて私に言い放つ。

私が、初めて・・・。

彼の一言が私の頭の中でグルグルと渦巻く。

てっきり跡部君はいろんな子と付き合って、

いろんな事を経験済みかと思っていたけど、そっか、

テニスとか忙しくてそれどころじゃなかったのかな。

私と手を繋いだことが初めてなら付き合ったことも無いのかな。

なんだかホッとしたような。

嬉しいような感情と、初めてが良かったのかという複雑な感情が私の中で入り乱れる。





「おい、なんて顔してんだ。俺様と一緒に居るんだからもっと楽しそうにしろ」





跡部君は困ったように髪をかきあげ、私に言った。

あぁ、そうだ。楽しむって、みんなと仲良くなろうと思ったんだ。




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