僕はオトコに生まれたかった。
□拍手LOG。
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――うちのクラスの男子ども。
――俺たちのオアシス。
「お前、女教師狙ってんのか!」
「はぁ……?」
クラスの男子が<オアシス>というくらいだ。よほどの美女だろう。学校にいる女で、大和が攻めるような女性となると、保健医、事務員、女教師。クラスの男子が注目できる機会が少ない事務員を除くと、確率的には女教師が一番高い。
なのに大和は「なに言ってんだお前」という顔をした。
俺の予想は外れたらしい。
なら、保健医か。事務員か。
口を割らせてやる、と決意新たにしたときだ。急に、大和が拳で窓を叩いた。
「え!? なになに!?」
大和は窓の外を凝視している。その視線を追うと、一人の少女が歩いていた。
もう一度大和が窓を叩く。
少女はピタリと立ち止まり、ゆっくりとこちらを見た。
第一印象は綺麗な子。シンプルでさわやかなパステルカラーの服が、彼女の雰囲気を柔らかくしていて、優しくて礼儀正しい子なんだろうなと思った。
ならきっと、会釈のひとつでもしてくれるだろう。
俺は彼女と少しでも繋がれるかもしれないことに期待してジッと見つめていたのだが、彼女は俺たちを見ると頬を引きつらせて何故か回れ右をした。
俺は心底がっかりした。
大和もさぞがっかりしたことだろう。
いや、大和はがっかりしないか。
好きな相手がいるようだし。
「アイツ……ッ!」
それなのに大きな舌打ちをした大和は、勢いよく店を飛び出していった。
状況についていけずに、俺は座ったまま大和を目で追う。すると、大和は先程の少女を掴まえて、不機嫌そうに何かを言っていた。
もしかして、生徒だったのだろうか。しかし夏休み中だ。そんな目くじらたてるような場所でもないし、見逃してやればいいのに。そもそもあいつ、そんなに真面目だったっけ。
しかし戻ってきた大和は、その少女の腕を掴んだままだった。
マジかよ。
ここで説教なんて勘弁してくれ。
居たたまれないじゃないか。
大和は俺の正面に腰を下ろし、その隣に彼女を座らせた。説教するには向かない位置だ。
「お、おい大和」
「気にするな」
「いや気にするなって……」
ちらりと少女に目をやる。彼女は目に見えて不機嫌な表情だった。さっき感じた第一印象からは想像のできなかった態度だ。
「お前なに頼む?」
「いらない」
早々に態度が悪い。
そりゃ夏休みに教師に捕まればそうなるだろうけど。
「なんで怒ってんだよ」
「君の非常識さに呆れてるんだよ」
彼女の口調に、俺は第一印象というものは当てにならないものだな、としみじみ思った。
「俺のどこが非常識なんだよ」
「いや、非常識だろ」
彼女には失礼だけど、俺はつっこまずにはいられなかった。
突然席を立って店を飛び出して、帰ってきたと思ったら見知らぬ少女を連れている。その上、説明もなく同席させて食事をさせようとしていることの、どこが常識的だというのか。
「君の目の前にいる人間を、僕は知らない。と同時に、君の隣にいる人間を、その人は知らない」
彼女は僕っ子だった。
第二印象もさよならした。
「ああ、こいつは俺の高校ん時の同級生の古見原だ。古見原雄志(ゆうし)。さっきたまたま会った」
「高校……?」
彼女の眉間にしわが寄る。同時に、今まで俺に興味などなさそうだった視線に、警戒の色が混ざる。
「アイツは大学のだから心配すんな」
大和の言葉に、彼女は目に見えてホッとしたようすを見せた。
大和の大学時代になにがあったのか、彼女が帰ったあとで聞いてみよう。さすがに最後まで同席させたりはしないだろうし。
「で、古見原。コイツが、さっき言ってた俺が落とせない奴」
「え!?」
てっきり高校生かと思っていたが、教師だったのか。それにしてはずいぶんと童顔だ。
「貴方の名前は?」
俺が聞くと、彼女は、ふっ、と笑った。
「新里千里。高校生だよ」
高校生。
高校生……。
高校生!?
「はあ!? おい、大和! 女教師云々よりも問題だぞ!」
「なにがだよ」
途端に大和が不機嫌になる。突然の変わりように俺は少しビビるが、隣に座る彼女――千里ちゃんが呆れたように溜息をついたことから、俺に非はないのだろう。
「教師と生徒だぞ!?」
「お前もそれかよ……。教師と生徒とかどうでもいい。俺はコイツがいいんだよ。コイツだけが好きだ」
「僕も何度も言ってるんだけど、まったく耳を貸さないどころか、このとおり」
彼女の言葉は、俺を援護するものだったのに、俺はなんとなくムッとしてしまう。
――あの大和にこんなに好かれているのに。
俺も大和も、少なくとも君より八つは年上なのに。
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