僕はオトコに生まれたかった。

□拍手LOG。
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くちびるは語る。


「旦那様、ひとつお訊ねしてもよろしいですか?」

「なんだ?」

「旦那様はこの領地と家名を手に入れるのに、ありとあらゆる手段をお使いになったそうですけれど、その……美人局に似たこともされたのでしょうか?」

「はあ? んなことするわけねえだろ」

「ですが、陰謀や策略には定石だと聞いたことがございます。異性から情報を引き出すには最適な策だとか」

「そういうことしねえと情報も縁も得られねえような奴は、技量と知識が足りねえんだよ。ああ、あと悪意な」

「悪意、ですか」

「だいたい俺、あいつ以外をそういう意味で触るのも触られるのも、気色悪くて無理だから遊びでもそんなことできねえよ。実際、十代のころにどっかのお貴族様の差し金か寝所に忍び込まれてたことあったけど、不意打ちで顔撫でられただけで吐いたしな」

「顔に触れられただけで駄目なんですか」

「夜着で目の前に立たれただけでもぞっとする。偶然とかなら気にしねえけど」

「アルト様とはプラトニックな関係を貫かれたのですよね」

「それはぞっとするとか気色悪いからとかじゃねえよ。さっき言った忍び込まれてたときは、あいつの屋敷に――ああ、ココのことだけど――駆けこんで湯浴みして同じ寝台で寝たし」

「口付けも、私が見た一回きりなのですか?」

「…………」

「旦那様」

「……あいつは、そう思ってんじゃねえ?」

「旦那様」

「……刺客も間者も絶対いないと確信できるときに、頬とか、額とか、手とか……唇以外にはやってた」

「旦那様……」

「べ、別に猛る想いが暴走して――とかじゃねえよ。お前は見たことねえだろうし、見てたとしたら許さねえけど、あいつの寝顔って綺麗だったんだよな……今にも壊れそうなほど」

「思い出したくもありませんが、私見たことありますよ」

「はあ? なんでお前が見てんだよ」

「……ほとんど眉間にしわを寄せた険しい寝顔をしていらっしゃいましたから、旦那様が仰るような寝顔の時はいつも心臓が止まる思いでした」

「……愛しかった。護りたかった。俺の側に繋ぎとめておきたかった。そんな誓いをただ唇で、願い請うていただけだ。側に置いて、護らせて、どこにもいかないで、ずっと一緒にいて、なんてガキみたいな我儘を、文字通り押し付けてたんだよ」

「いっそ言えばよろしかったのに」

「誰が聞いてるとも知れねえのにか?」

「口付けよりはマシだと思いますけれど」

「一人で戦ってるあいつに、そんなこと言えると思うのかよ」

「旦那様なら言いそうなのですもの」

「誰の妨害も受けずに当主の座が確約されている自由気ままなお坊ちゃん、が、家族から命を狙われていながらも必死でたった独り、領地と家名と当主の座を守っている男にそんなこと言えると思うか?」

「…………そうですね」

「で、急になんでこんなこと聞いたんだよ」

「旦那様、もう五十歳目前のくせに」

「仮にも主人だぞ」

「若くないくせに」

「そこじゃねえよ……。もういい、続けろ」

「最近、縁談の話が多いんですよ。そのうち、先ほど旦那様が仰ったように寝所に潜り込んでいる、なんてことがありそうなので引っかからないかと」

「ああ、馬鹿だよな。この領地もこの家名も一代限りの約束で陛下から賜ったから、婚姻しようが子供ができようが自分のもんにはならねえのに」

「約束というより、あれは脅迫でしょう」

「あっちの体裁を考えてやってんだろ」

「そうですか……。そういえばもうじき祭の季節ですけれど、如何なさいますか?」

「出ねえよ。この屋敷にも誰も入れんな」

「承知いたしました」

「……なあ」

「はい」

「もしも今あいつがいたなら」

「はい」

「俺はこう願いながら口付ける」

「…………はい」





「――共に破滅しよう」





 それはどの道叶わぬ願いだけれど。


〜END〜



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