僕はオトコに生まれたかった。

□拍手LOG。
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なにげなく、さりげなく。




 ちらほらと雪が降り、路面が結露している。傍らの恋人とともに「すべらないように気をつけようね」と笑いあっていたら、少し先から「うわっ」という少女の声が聞こえた。どうやらすべってしまったらしい。視線をやると、予想通りしりもちをついた少女。その目の前には、背の高い男性が立っていた。恋人だろうか。

 きっと優しく手を差し伸べてあげるんだろうな、とまるで童話のワンシーンになりそうな画を頭に思い描く。しかし予想に反して、男性が少女に手を差し伸べることはなく、

「お尻が冷たい……」

「そりゃ濡れた道に尻ついたんだから当然だろ」

「立ち上がる気力も、この道を歩く気力も削げた」

「水溜りに殴り倒された俺の気持ちがわかったか」

「ご覧の通り、身に染みた」

 一向に立ち上がる気配のない少女と、にやりと笑いながら見下ろすばかりの男性。早く起こしてあげればいいのに、と隣の彼が呟く。

「それで?」

「なに?」

「起こしてくださいは?」

 こちらが勝手に恋人同士だと思っていただけで、もしかしたら二人は友人なのかもしれない。

 ひどい、と声を漏らした彼をそう言って窘める。

「言うもんか」

 突き放すように告げられた返事に男性は楽しそうに笑い声を上げると、少女の前に片膝をついた。右手で少女の頬を掴んで顔を上げさせる。

「怪我は?」

「ないよ」

「ならよかった」

 それだけ言うと立ち上がり、そこでようやく手を差し出した。少女と男性の手が合わさる。けれどもそれは予想していたようなものではなく、親指同士を絡ませる色気の欠片もない繋ぎ方だ。

 男性に引っ張り上げられ、ひょいと立ち上がった少女はあっさりとその手を放し歩き出す。

「とりあえずお前の服買いに行こうぜ」

「財布は?」

「俺」

「乗った」

「飯はお前な」

「三百円までならいいよ」

「遠足かよ」

 そんな会話を交わしつつぽてぽてと先を行く二人をの背を見つめていると、隣の彼が肩を竦めた。

「あれは友達だね」

「違うわ、恋人よ」

 即座に否定を返せば、不思議そうに首を傾げる彼。ふふふ、と笑みだけを声にしてその腕に抱きついた。

 今度、わざと転んでみようか。立ち上がるのをぐずって、手を伸ばさず、座ったままでいてみようか。そうしたら彼も、あの男性と同じことをしてくれるだろうか。濡れるのにも拘わらず躊躇うことなく地に膝をついて、怪我の有無を確認してくれるだろうか。

 そんなことを考えつつ、私はすべらないように慎重に歩を進めた。




*End*





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