僕はオトコに生まれたかった。
□拍手LOG。
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コトバアソビ
恋人を見つけたと言う彼の横顔があまりにも幸せそうだったから、たまらず「どんな人?」と聞いてしまった。
彼は唇を少しだけ上げて「生徒」と口にする。
それはリスクが高く、歳の差もある相手だ。
「遊びならもっとリスクの低い相手にしなよ」
「遊びならこんなリスクの高い相手にしねえよ」
「本気なの?」
「本気なの」
即答。
「もし、その子との関係のせいで、仕事辞めなきゃならなくなったら?」
「辞める」
即答。
「もし、その子が自分のために仕事を辞めてほしいと言ったら?」
「辞める」
やっぱり即答だった。
「それは少し傾倒しすぎじゃない? 我儘を許しすぎると二人とも破滅するよ」
彼は左手で頬杖をついて、どこか遠い目をした。
「あいつが辞めろと言うんならそれなりの理由があるんだろう。考えなしにそんなこと言う奴じゃない。万が一にもそれがただの我儘なら……俺は、嬉しいな」
「どうして?」
「あいつは俺のためなら、あっさり自分を犠牲にする。そんなあいつに、簡単ではないことを強請られるんだ。嬉しいだろ?」
「……本当にただの我儘かもしれないよ。それでも?」
「ああ、間違いなく。あいつのためなら、地位も名誉も捨ててやるよ。ただし、それ相応の責任はとってもらうがな」
しっかりと、きっぱりと、はっきりと。
「そんなに好きなの?」
「そんなに好きなの」
「そんなに好きなんだ?」
「そんなに好きなんだ」
ふう、と知らず溜息が出た。理由はわからない。
「もしも、同じことを相手に聴いたら、どう答えると思う?」
そこで初めて、彼は笑みを声にした。
不思議に思って彼を見れば、面白いと言いたげな表情と出会う。
「『そんなミスは犯さない』」
「それが答え? でも万が一に犯しちゃったら?」
問いかけに、少しも考えるようすを見せず、
「『もちろん、君と一緒にいられるならば、躊躇いなく辞めてやるよ』」
「……もしも一方的な我儘だったら?」
「『納得させられる理由がなければ、そんなくだらない要求は受け入れられない』」
迷いのない答え。己と異なる言葉なのに、表情には欠片も陰りはない。
「なんだか我儘。それで愛されてるの?」
「それで愛されてるの」
「それで愛されてるんだ?」
「それで愛されてるんだ」
やっぱりその横顔が幸せそうだったから、立ち上がって背を向けた。
「じゃあね」
「じゃあな」
振り返らずに告げた別れに、名残惜しさなど少しも見せない。
規則的な足音を響かせ歩き出したとき、一人の少女とすれ違う。直感的に「この人だ」と思い、振り返りながら問いかけた。
「もしも恋人が、自分と一緒に堕ちてくれと言ったらどうする?」
彼女が立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
その眼は意思強く。
「もちろん、一緒に堕ちてやるよ」
ありきたりな回答で、少し落胆した。
「けれど」
彼女の声に、伏せた目を上げる。
その顔は意思固く。
「彼を引き上げるために、みっともなく悪あがきをしつくしてからだ」
笑みすら浮かべて言いきった彼女に、再度問いかける。
「それで自分だけが堕ちてしまうとしても? 道連れにしようとは思わない?」
「<思わなかった>」
言いたいことは言いきったと、彼女は再び歩き出す。
「言うだけなら簡単、かな」
その背を見ながら思わずこぼれた呟きに、面白がるような色を含んだ声が返る。
「言うだけなら簡単、だね」
それでもなお言葉にするのは、ただ愚かなだけなのか、それとも他に理由があるのか。
「本当に好きなの?」
「君には関係ない」
こんなに違う二人なのに、どうして想い合えるのか。すれ違いはないのだろうか。
けれど、それを聞こうとは思わない。だから今度こそ、恋人たちに背を向け歩き出した。
〜〜FIN〜〜
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