僕はオトコに生まれたかった。
□拍手LOG。
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アコガレのヒト
仕事相手の都合で少し時間が空いた俺は、喫茶店かどこかで時間をつぶそうと、ちょうどよさそうな店を探して歩いていた。
夏真っ盛りの気温と気候が非常にやる気満々なのと対照的に、俺のモチベーションはどんどん低下していく。そのくせ<おいしそうな店>という曖昧な条件をつけて喫茶店を探していたのだが、もうそろそろ腰を落ち着けたい。
結局、チェーン展開をしているファミリーレストランに向かうことにした。
その途中だ。
懐かしい人物に遭遇したのは。
「あれ……? おい! お前、大和(だいわ)じゃないか!?」
やたらでかい背に、すれ違う女がチラチラと視線をよこしているというのに少しもぶれない頭。その後姿にデジャヴを覚えて、思わず声をかけた。
「あ? ん……? あ、お前、古見原(こみわら)か?」
「やっぱり! お前大和だな! 大和斉!」
振り返った顔は、俺の知るそれよりも大分大人びていたけれど、彼は間違いなく高校時代の同級生である大和斉だった。
大和とは高校を卒業してからはたまにメールを飛ばすくらいの付き合いで、社会人になってからはまったく連絡をとっていなかったのだが、大和が自分を覚えていたことに、俺は大きく安堵した。
「久しぶりだなー、大和。お前、メルアドも番号も変えやがって、俺、嫌われたのかと思ったぞー」
冗談めかしたが、一度同窓会の件でメールを送信した途端、宛先不明で返ってきたときは、しばらく本当に落ち込んだ。
「あー、わりぃな。事情があって変えたんだ」
苦虫をかみつぶしたような顔に、首を傾げる。物事にあまり動じることのなかった大和に、こんな顔をさせるようなこととはなんだろう。
「事情って?」
安易にそう聞いた。
大和はほんの一瞬だけ言葉に詰まったあと、
「事情は事情だ。社会人になってから知り合った人間以外には、大事な用件でもない限りは教えてねえよ」
お前だけじゃない、だから安心しろ。と、言外に微笑む大和はやはり女が見とれるだけはある。
この暑さの中、涼しい顔をしている大和と反対に、俺の顎を伝った汗。俺は自分が何を目的に歩いていたかを思い出した。
「大和。俺、これから少し時間があるんだ。時間があるなら、俺に付き合ってくれよ。積もる話もあるしな」
俺の誘いに、大和は、ウーン、と小さく唸った。
無理強いをするつもりはない。大和に時間がなければメアド交換だけでもいいし、最悪それを拒否された場合でも、俺のメアドだけ一方的に押し付けるつもりだから。
「時間がないなら、無理に付き合ってくれなくてもいいんだぞ?」
「いや、時間がないわけじゃないんだ。俺も、久しぶりにお前と話したいし……」
だったらなにを渋っているんだ。
「まあ、いーか。行ってもいるかどうかわかんねーしな」
どうやら大和は自己完結したらしく、俺に背を向けて歩き出した。恐らくは、「ついてこい」ということだろう。俺は慌てて、大きな背中を追った。
ファミレスについて早々、俺と大和はドリンクバーを注文した。この店のドリンクメニューは水かドリンクバーの二種類しかない。夜になればアルコールがメニュー入りするが、今は昼だし、俺はまだ仕事中だ。どちらにせよ飲めない。
アイスティーを目の前に用意して、俺たちはようやく腰を落ち着けた。
「お前今なにしてんの?」
誘ったのは俺なのだから、俺から話を振るのは礼儀だろう。けど、選べるほどに大和の現状を知らないから、当たり障りのない話題を大和にぶつける。
「そこの高校で教師してる」
「へえ! お前がねえ……。想像できねえわ」
俺がどれだけ宿題を写させてくれと頼んでも、「自分でやれ」としか返してくれなかった大和がまさか教師だとは。
「じゃあ、女子高生とは触れ合い放題なわけだ!」
「そりゃあ、男子校じゃねえからな」
あたりまえだろう、という表情も高校のころから変わらない。
「お前はなにしてんだよ?」
さして興味もなさそうに、同じく当たり障りのない話題を返してくる大和。
「俺はしがないサラリーマンだよ」
それにかまわず、俺は自分の近況を報告した。
上司への文句。部下への不満。同僚への愚痴。日ごろからの鬱憤も、一緒に吐き出す。
俺自身でも鬱陶しいなと思ったけど、大和がちゃんと聞いてくれるものだから、次へ次へと出てきてしまった。
「そんでさぁ、最近はおふくろが早く結婚しろってうるさくてさ、結婚の前に相手がいねーよ、って言ったら、だったらお見合いしましょう、って言うんだよ」
「お前に見合いは無理だろ。相手が逃げる」
「なんだと! 失敬な!」
どん、と怒ったふりで机を叩けば、大和が楽しそうに笑う。
そう言えば、こんな奴だった。
大和は別にすかしてるわけでも、格好をつけてるわけでもない。なにかに動じることが少ないだけで、楽しいときには素直に笑うし、嬉しいときには笑顔を見せてくれる。その顔立ちと背丈のせいで高校時代は、調子に乗っている、と何度も難癖つけられていたけれど本人は「俺はなんもしてねーからな。お前も相手にすんな」と笑っていた。
「見合いと言えばさ、お前彼女は?」
当然いるんだろう。
大和は二週に一度は呼び出されていた。それがいつも月曜日――たぶん日曜にいろんな人間から励まされて自信をつけたり、手作りのお菓子を作ったりできるからだろう――だったから、俺を含めた大和の友達は月曜日を「ラヴ用日」と名付けていた。当時は「うまい!」と騒いでいたが、今思うとダサい名前だ。
しかし、大和は首を振った。
「いねえな」
「え!? お前が!?」
「そんな驚くことでもねえだろ。高校のころだって彼女作ってなかったんだ」
「そーだけどー」
ちょっと贅沢じゃないか。
選り取り見取りのくせに。
唇を尖らせて呟けば、大和は苦笑した。いや、自嘲だろうか。
「選り取り見取りの中に、好きな奴がいるとは限らねえだろ」
まさか!
どんな女だって、大和のことを好きになるに決まってる。それはルックスしかり、性格しかり。
「現に、お前とすれ違う女たちはみんなお前のこと見てたじゃん!」
身を乗り出してそう訴えれば、大和はまたしても苦笑した。さっきと同じ笑い方だ。
「現に、どれだけ攻めても落ちてくれない奴がいるしな」
「うえー、どんな美女だよ」
大和をフルなんて驚きだ。
「なんで美女だって決めつけるんだよ」
「いや、だってお前が落とせないっていうならよっぽどだろうって……」
「まあ、確かにうちのクラスの男子どもが<俺たちのオアシス>って言ってたがな」
ほら、美女じゃないか。
と言おうとしたものの、なにかが引っかかり、さっきの大和の台詞を頭の中で繰り返す。
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