僕はオトコに生まれたかった。
□拍手LOG。
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World chenged.
『誰もいなければ誰も見ない――それが君の望みならば、いっそこの世を去ればいい。君がいなくなろうがそこに在(あ)ろうが世界は消えない。世界が消えなければ、誰かの存在も、君の存在も、消えないのだから』
そう言ったのは、もう顔も思い出せないけれど、ただ美しく儚げな人だった。
長い髪を雨に濡らして、無表情にその人は言った。
今思えば、自分は酷いことをしたと思う。
今となっては何をそんなに悲観的になっていたのか、ただ嘆きたかったのか、ただ怒りたかったのか、ただ喚きたかったのか、ただ当たりたかったのか、それとも誰かに慰めて欲しかったのか。もはや感情すらも覚えてはいない。けれどただただ、消えろ、いなくなれ、見るな、と叫びながら手にしていたものを全てその人に投げつけていた。
その人は避けもせず――かと言って、何かを悟らせようだとか、受け入れてやろうだとか、そういう偽善的な自己犠牲ではなく、目の前の人間が自分に向かって何をしようがどうでもいいといったような――無表情でどこに視点を置くこともなくどこかを見ていた。
『見るなって、言ってんでしょ』
吐き捨てるように言えば、その人はそう言って、視点をコチラに置いた。
『――けれど君はもう、その意味すら考えようとは思ってもいないんだろう。否定されたことに、嘆くか怒るか、決めかねているだけ。もうそこで<消える>という選択肢を選んでも、それは僕に責任を押し付けて、選択を押し付けて、他人のせいにして、楽になろうとしているだけだ。君を見てもいないのに、見たと難癖つけられて、そんな重いもの背負わされるこちらの身にもなってくれないか』
そしてその人は自嘲気味に笑って、
『僕が<見える>なら、所詮、その程度』
なにが、とか、
ひどい、とか、
なんで、とか、
だれよ、とか、
そういうテンプレな言葉よりも先に、
――どうしてこの人は雨に濡れているのだろう。
そんな思いが心を揺らした。
『……帰る』
そう呟いていた。
その人は何も言わなかった。
その人の視点は、またどこかを彷徨っていた。
その人の視界から、もう自分は消えていた。
その人の世界から、もう自分は消えていた。
だから自分はその人の世界から、立ち去った。
しばらく歩いて振り返っても、その人は変わらず<世界>の中にいた。
それの姿はまるで絵画のように、私の心に灼きついた。
「――あ、落ちたよ」
すれ違った制服の子が、何かを落とした。
条件反射に声をかければ、その子は振り返――らずにズンズン進んでいく。
何度呼んでも振り返らないので、追いかけて肩を叩いた。
「落ちたよ」
「……ああ、どうも」
なんて無愛想な。
ムッとしようと思って、ムッとしようと思ったのに、あまりの驚きで、言葉が出てしまった。
「世界は……せまいのね」
その子は怪訝そうに、は? と言外に眉根を寄せて、それでもそれが当然のごとく――、
「だから窮屈なんだろ」
無表情で、淡々と、視点を置くことなく、あっという間に背を向けて、去っていく。
「今日は、いい日ね……」
あの人はまだ雨に濡れたままでも。
自分は快晴の中を歩いているけれど。
――それでも世界は、変わらないらしい。
*END*
拾ってもらったのは小テストの答案用紙。