僕はオトコに生まれたかった。
□僕はニセモノを握りつぶす。
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「……って、どうして」
耳に届いた和多留ゆいの声は、それまでが嘘のように、小さくて聞き取れない。
だから聞き返したのだけれど、それが気に障ったのか激昂が返ってきた。
「最初からって、どうして!? 私、優しかったじゃない! 貴方の手を握って、友達になりたいって……なんで……なんでなの!?」
「友達になりたい、ね」
友達になりたいと言えばすぐに信用を得られるとなっては、世の中に詐欺事件が溢れかえってしまうだろう。名付けて、「友達なりたい詐欺」。なんだか切ない。
「君も最初は、大和斉に近づきたかっただけだろう。手を握って始業ベルにも微動だにしなかった人間が、大和斉の姿に反応した時点で君が大和斉に好意を持っていることは明らかだったし、だいたい粟木しずくに反発できる立場にいながら、<ゲーム>を享受し、参加していた時点で信用に値しないだろ」
「それは……だって、あのやりとりを見るまで、ほ、本当に悪い人だと、思ってたし」
「仮にそれが本当のことだとしても、君が大和斉に好意を持っていないという事実への反論にはならないし、僕が君の発言を信用する理由にもならない」
けど、でも、だって、を繰り返す和多留ゆいに、僕は歪んだ笑みを浮かべながら手の上に乗せたメモを再び和多留ゆいへ向けて突き出した。
「君がくだらない画策や、策略をめぐらせようが、僕を懐柔した気でいようが、自分も無視されていると装おうが、どうでもよかったのだけれどね、和多留ゆい。君は、してはいけないことをしたんだ」
ゆっくりと、ことさらゆっくりと、見せつけるように、メモを握りつぶす。
閉じて尚揺れる拳。
開けばおそらく、白いメモには赤い華が咲いていることだろう。
「君は……なにも知らない、多川仁意を巻き込んだ」
それも、悪役として。
「それが何より……許せない」
馬鹿みたいにまっすぐで。
馬鹿みたいな素直さで。
馬鹿みたいに、馬鹿みたいな笑みを絶やさずに。
悪意のない優しさをくれる、そんな心につけこんで、利用して、多川仁意と僕のあいだに亀裂を生ませるその行為。
好きだと懐いていた
人間に、突然厭われ、疎まれ始めれば、傷つくのは多川仁意に他ならない。
その思いがどれだけ辛いものかを、僕は、知っている。
どうしてこんなことに。
僕はいったいなにをしてしまったのだろう。
信じていたのに。
すべて嘘だったのか。
いや、すべて嘘なんだ。
繰り返し、繰り返し、考えて、繰り返し、繰り返し、絶望して、繰り返し、繰り返し、傷ついて、繰り返し、繰り返し、逃避して、繰り返し、繰り返し、繰り返す。
そんな罰を、なんの罪もない多川仁意へと与えようとした。
「多川仁意を、悪意で、傷つけようとした……それが」
ゆるせない。
「ちょっと待ってよ! 多川くんを傷つけたのは貴方じゃない。主犯だって言って……いくら貴方が多川くんが主犯じゃないって思ってたとしても、それを多川くんが知らなきゃ意味ないじゃない!!」
「知ってるよ」
「え……っ」
淡い期待をしている。
もしかしたら、なんて、らしくもなく期待をしていた。
『君は、<誰>の机を運んでいるんだ?』
この意味に、
『もうこれ以上、関わらないでくれ』
この意図に、気が付いてくれるのではないかと、期待した。
「もし、多川仁意が<それ>を知らなければ、多川仁意は僕を掴まえて、弁解なり言い訳なり、怒るなり泣くなりするだろう。けれどあれから一切接触してこない。<言ったとおり、僕を一人にしてくれている>」
多川仁意本人に直接確認をとるわけにはいかないので、果たして本当に伝わっているのかはわからない。何度か見た物言いたげな瞳も、もしかしたら弁解したいという気持ちの表れなのかもしれない。
けれど。
けれど、僕は期待してしまっていた。
それが僕にとってどんな意味を持つか、多川仁意にはわからないだろうし、僕も言うつもりはない。
「おかげで随分と楽に」
「ちょ、ちょっと、ちょっと待って! 意味わかんない!」
意味がわからないなら黙っていればいいのに。
ちょうど良いところで粟木しずくに言葉を遮られ、少しばかり眉間に力が入る。
「っていうかまず、ゆいが斉センセーにコウイを持ってるって、なに? ゆいは、私に協力してくれようとしてたんじゃないわけ?」
「へぇ……。それはどういうこと?」
「どういうことって……私のために斉センセーの情報収集するから、あんたに信用してもらいやすいように無視してくれってゆいが自分から言ったんだけど?」
「君は、詰めが甘いよね」
「はあ!?」
まさか粟木しずくから、そんなにあっさりと<経緯>を聞けるとは思わなかった。それを引き出すためにもう一悶着あるかなと思っていたから、こちらとしては大助かりだ。
「君のために<情報収集>していたにしては、僕と大和斉の会話に割って入っていたよね。岬レイコのことも報告していなかったようだし……。それになにより、情報収集が目的なら一番知っておきたいことを、わざわざ遮った」
好きだからこそ、聞きたくないことがある。
僕も同じく聞きたくなくて、大和斉の手を振り払った。あの流れでなかったのなら、きっと僕は何度だって、聞きたくないと駄々をこねていただろう。
岬レイコと初めて会ったあの日。ショッピングモールの医務室での、僕と大和斉の会話。岬レイコのことを、大和斉が話そうとしたところで、和多留ゆいは空気を読まずに入ってきた。
それがなによりの証。
偽り切れない、気持ちの応え。
「偶然割り込んだにしては、君の買ってきたペットボトルに水滴がつき過ぎていた。どこからかはわからないけれど、部屋の外で話を聞いていたんだろう」
ほとんどの話をお互いにしか聞こえない距離で話をしていたから、聞いていたのは最後のところだけだろうけれど。
「本当なの? ゆい」
和多留ゆいは答えずに、唇を噛みしめるばかりだ。
しかし気になるのは、和多留ゆいが途中で<大和斉に近づく>から<新里千里を害する>という目的に趣旨変えしたことだ。
思い返せば、それは勉強合宿の日から――否、もしかしたその前、僕が熱で倒れたあの日からか。
<モールデートもどき>を台無しにしたのが悪かったのか。大和斉があのあとなにかやらかしたのか。後者の方が圧倒的に確率が高い気がするのは、私情のせいだろうか。
「君の気持ちがもう大和斉に向いていないことは、君が大和斉に岬レイコの話をしたときに気が付いた。同時に、岬レイコに合宿所を教えたのも君だということも推測できたのだけれど……そういうことをするに至ったきっかけがさっぱりわからない」
いくら考えても思い浮かばないのは、僕が大和斉を好きでなくなるようなことがなかったからだろうか。
和多留ゆいを見るが、唇を噛んだまま俯いて動かない。
言い逃れをするのはやめたらしい。
さて、どんな行動に出るか。
観察しようと思った瞬間、飛び出てくるのはやはり、
「ねえ! ちょっとゆい! 黙ってないでなんとか言いなさいよ!」
粟木しずくはもう少し落ち着いた方がいいと思う。
しかしそのおかげだろうか、和多留ゆいが顔を上げた。しかしその表情は、憎しみにも似た
彩に染まっていた。