僕はオトコに生まれたかった。番外編
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夕食は、長女も交えてとなった。末娘は部活で遅くなるらしく、帰宅を待っていてはお腹の騒音で苦情がくるかもしれないので、食卓につくのは四人だ。この家の大黒柱には、つい先ほどメールにて『帰ってこないで』と送った。すぐに「なんで!」と半泣きの電話がきたので、適当に誤魔化しておいた。娘の恋人がきたからなんて言えば、その場で半泣きから号泣へとグレードアップしかねないからだ。
「二人はいつ知り合ったの?」
咀嚼していたカレーを飲み込んでから尋ねる。娘は黙々とカレーを食べて応えようとすらしない。それを理解しているのか、斉くんが匙を持つ手を止めて答える。
「私たちは、六月です。こちらの学校への道を尋ねてる最中に――ああ、私は六月に赴任してきましたので――遭いました。逃げられましたけど」
恨めしそうな斉くんの視線を、娘は安定のスルー。
「学校についたら、千里が生徒だったのね。まるで運命みたいだわ」
「そうですね。こいつと出逢うために俺は……私はここにきたのでしょう」
とんだ惚気がきたものだ、とその表情を見なければ、思っていただろう。斉くんは、照れてもいなければ、微笑んでもいなかった。ただ目の前の事象を語るかの如く、静かな瞳でそんな言葉を口にした。
「あれは衝撃的な出会いだったね」
「お前のせいだろ」
「え! なに? 千里ちゃんがそういうこと言うの珍しいね!」
今まで薄ら笑いを浮かべて話を聞いていた長女が口を開く。娘は水を口に含んで、隣の恋人を見た。彼に聴けということだろう。
「会って早々鳩尾を拳で力いっぱい殴られまして」
「千里あんた何してるの!」
我が子の非常識さに思わず声を荒げるが、当の本人は涼しい顔で水差しからコップに水を注いでいる。
「ナンパしてたから」
「濡れ衣だろ」
「君には前科があったからね」
「それこそ濡れ衣じゃねえか」
互いにカレーを見つめながらのやり取りは、およそ恋人と呼べる空気を感じない。確かに親友と呼べるほど親しいのかもしれないが、娘の肩から普段よりも力が抜けていることは、判断材料にはならなかった。
「あら? 前科ってなに?」
ふと疑問に思ったことを脳内を通さず声にすると、斉くんが「あ」と小さく声を漏らした。なにかまずいことでも言っただろうか。それとも本当にナンパもどきをした過去があったのだろうか。けれど私が引っかかったのは、恐らくそんなことじゃない。
前科があったから、娘は<初対面>で殴ったという。それは、知り合う以前から彼のことを知っていたということだ。
はっ、と閃いた憶測に、スプーンを握る手に力が入る。
恐る恐ると、娘に訊ねた。
「千里、あんた前に言ってた探してる人って」