僕はオトコに生まれたかった。番外編
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数十分後、来客を告げるインターホンが鳴り響いた。いよいよのご登場に、落ち着かない気持ちで玄関の扉に手をかける。娘は部屋から出てこない。
「いらっしゃい、千里のお客様……」
私は「ま」の形に口を開いたまま、娘の言うところの「鳩が豆鉄砲を食ったよう」な顔で固まってしまった。相手には、さぞ間抜けに映っていることだろう。
<客人>は、娘が言う通り私が想像していたような人物ではなかった。
まず、男。てっきり女の子がくるものだと思っていた。
そして、背丈。見上げねばならぬほどに高い。
さらに、年齢。娘と同い年には到底見えない。
「えーっと……」
<客人>が苦笑しつつ漏らした声に我に返り、慌てて玄関に招き入れてから、大事なことを確認するのを忘れていたことを思い出す。
「千里のお客様、よね?」
先ほど確認の途中で言葉を途切れさせてしまったから、確信が持てていない。もしかしたらキャッチセールスや新聞勧誘の類かもしれないと、腕を組んで――見下ろそうと思ったけれど玄関を一段上がろうが相手の身長の方が高かったので――見上げた。
<客人>は一度だけ瞬きをしてから、ゆっくりと表情を微笑みに替える。
「ご挨拶が遅れました。初めまして、私、アル……千里さんとお付き合いさせていただいております、大和斉と申します」
お付き合い。
お付き合い、とは、まさか。
「えー……っと、それは……彼氏ってこと?」
「はい」
と、<客人>――斉くんは肯いたあと、苦い顔をした。
「やっぱり、あいつ何も言ってませんか」
母親の前であいつとはなかなかなことだけれど、そんなことよりも彼の表情と、言葉の方が気にかかる。
娘は照れ屋ではない。事実であればどんなことでも口にする。けれど、客人が恋人だということは秘めていた。その理由を、「やっぱり」と言った彼は知っているのだろうか。
「あの子は、親友とだけ。親友で、と続けようとしてたんだけど、あんまり言いにくそうだったから、ご本人に訊こうかと思って」
「そうですか……。躊躇するのは無理もないでしょう。なにせ、私は千里さんの担任教師でもありますから」
嘘だ。それは娘が「恋人」だと言わなかった本当の理由ではない。意図して隠していると気がついたことに、きっと彼も分かったはずだ。それでも取り繕うことなく、それが事実であるというように、微笑みに変えた表情を崩さない。
「驚かれないんですね、私が教師であることに」
「あの子がすることにいちいち驚いていたら身が持たないわ。よほどじゃないと……」
たとえば、恋人がいた、なんてことでないと。
「ま、上がってくださいな。こんなところでなんだし、晩御飯も一緒にどう?」
「いただきます」
私が身体をずらして先を開けると、彼は一歩廊下に上がり、その場で立ち止まった。