僕はオトコに生まれたかった。番外編
□おもいおもいをおもうアイ。
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娘に友人ができたらしい。あの傍若無人、唯我独尊、ゴーイングマイウェイをキャッチコピーにしてもよろしいのではないかと思われるあの娘にだ。
ある日、学校から帰宅した娘がいつもと変わらぬ表情で、ソファに座って寛いでいた私に「今日、客人がくるから」と告げた。驚いて、銜えていた煎餅をぽろりと落とすと、娘はいつもの醒めた目で「鳩が豆鉄砲を食ったような顔ってこういうことを言うんだね」と呟いた。
「あんたが家に誰かを呼ぶなんて、今までなかったじゃないの」
落ちた煎餅を拾い上げて言えば返事はなく、肩を竦めて「そういうことだから」と自分の部屋へと行ってしまう。
「あの子に客人……」
果たしてどんな子だろう。母親である私が言うのもなんだが、あの娘と付き合えるのだから、よほど奇特な人物に違いない。これは三つ指ついて出迎えるくらいせねばならないのではないか。
顔すら知らない子への接待の用意をするために、立ち上がってキッチンへと向かう。幸い、昨日長女が土産に持って帰ってきた饅頭があるので、お茶請けの準備は必要ない。
「そうだ、晩御飯。晩御飯食べてってもらいましょう」
できることなら話をしてみたい。あの娘のどこに、付き合おうと思う要素があったのかと。
しかしさすがに無断で用意するわけにはいかないので、娘の部屋に向かって大声で叫ぶ。
「お客さんに晩御飯食べてってもらうー?」
娘は音楽もきかず、テレビも見ない人間なので、声は届いているはずだ。ほどなくして、娘は部屋から出てきた。制服からジーンズと長袖のロングTシャツといういで立ちに変わっている。
「ああ、どちらでもいいと思うよ。用意してると言えば食べていくだろうし、なければ帰るだろうし」
「じゃあ食べてってもらいましょう。何か嫌いなものとかある?」
「……魚介類」
今日はカレイの煮つけにしようかと思っていたが、それなら別のものにした方がよさそうだ。ここは無難に、カレーにするべきか。
「百花さん」
とは、私のことだ。娘は「母」と口にするのが苦手らしい。それを知ったときは、<別の母>を忘れられないからかと思って落ち込んだけれど、そうではないと娘にしては珍しく、困ったように笑みを浮かべて言ってくれた。
「なに?」
「客人は、百花さんが想像しているような人間ではないよ」
「え?」
自分の想像を口にした覚えはないのだけれど、この娘は敏いところがあるので、間違ってはいないのだろう。私は冷蔵庫を漁る手を止めた。
「友達じゃないの?」
てっきりそうだと思っていたが、そう言えば娘は「客人」だと言っていた。もしも来訪するのが友達ならば、そんな余所余所しい言い方はすまい。
「友達……というのは強ち間違ってはいないけれど」
珍しく娘が言葉を濁した。
いつもは必要以上にばっさりはっきりしっかり物を言うのに、これはいったいどうしたことだ。天変地異の前触れか。
「アイツは僕の親友で……」
しかも唇を噛んだ。
もとより表情の変化が少ない娘だが、関係性を口にすることを照れているわけではないということだけはわかる。その先を言葉にすることを、恐れているような、怯えているような。
娘の傷口を抉ってしまう気がして、私はなるべく優しく声をかけた。
「あんたとの関係は、<客人>本人から聞くわ。晩御飯は用意しておくわね」
「……ありがとう」
多少の情けなさが混じったホッとしたような表情。私の選択は間違っていなかったらしい。
娘には、親の私でも入り込めない部分がある。
その事情も真実も経緯もなにもかもわからないけれど、幼いころに年齢に合わぬ厳しい表情を湛えながら、やはり年齢に不釣り合いな声色で告げた事実だけで、理由とするには十分だった。