僕はオトコに生まれたかった。番外編
□<完>
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少女は今、俺に頭を下げている。
ありがとう、と。
それは、感謝の言葉だ。
俺を責める言葉でも、慰める言葉でもなく、ただ贈られるためだけの、心。
それを、少女は口にした。
自分の大切な人を傷つけた、男に。
ようやくそれを理解した瞬間、俺は慌てて未だ頭を上げない少女に手を振る。
「や、やめてくれ! 俺は君に礼を言われることなんて!」
それに少女はつい先程、彼に俺へ礼をさせたくないと言ったばかりではないか。
展開について行けず、とりあえず少女の身を起こすために、少女の両肩を掴もうとした。が、その前に少女は俺の手から逃れるように身を起こした。その頬は、頭を下げたことで血が上ったせいなのか、少し上気している。
「僕だけがここに残ったのは、ただ君に礼が言いたかったからだよ」
なかなか辿りつかなかったけれど、と苦笑を零す。
確かに今までの少女の言葉の数々は俺を直接責めるものではなかったけれど、「赦さない」とはっきり口にしていたではないか。それなのに、いったい誰がこんな展開を予想するだろう。立ち上がることはないにしても、ここまで深々と頭を下げられるだなんて。
困惑で何も言うことができない俺に、少女は表情から笑みだけを消して、
「僕は、アイツに礼の言葉を――いや、感謝をしてほしくはなかった。けれど君にどうしても、それを伝えたかった。君はもしかしたら、無関係の僕に感謝なんてされる謂われはないと、年下のくせに生意気だと不快に思っているかもしれない。これは僕のエゴに過ぎないとわかっているけれど、それでもどうか、言わせてほしい」
そうして少女はもう一度、俺の目を真っ直ぐに見ながら、
「――ありがとう」
「俺は、そんな」
いたたまれず、目を逸らした。しかし逃がすものかとでもいうように、
「君がしたのはそれほどのことなんだ」
強く響いたその声に、心が軽くなってしまいそうで慌てる。
「俺は声をかけただけで、救ったわけでもない。君に感謝されても、あの出来事がなかったことになるわけじゃないんだ」
自分に言い聞かせるようにしながら、ぶるぶると首を振って自分贔屓な考えを霧散させようとすれば、それを察したのか少女の瞳に怒りと冷酷が戻った。
「当然」
ありがとう、と発した声と同じとは思えないほど、冷たいトーン。
「君たちがしたことは、決してなかったことにはできない。だから僕は君たちを一生赦さない。――そして」
少女は瞬きひとつで表情を和らげた。
「一生、君に感謝する」