例えばセカイが変わっても、
□例えばホウヨウで潰れても、
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結局、愛沢原先生と西城先生と一緒に旅館の裏へ行くことになってしまった俺は、出来得る限り西城先生の視界に入らないように前を行く二人から少し離れてついていった。
旅館の裏というから、庭園のようなものがあるのかと想像していたが、鬱蒼とした木が立ち並んでいてちょっとした林になっている。これを崖への壁代わりにしているのだろう。これなら生徒たちには「林に入るんじゃないぞ」と注意しておけば済むのではないだろうか。
恐らく普段の俺ならば、率先とはいかないまでも林を抜けた先に何があるかまで確認しようとしただろう。けれど、今はどうしてか引き返したくてたまらない。
この先へ、行きたくない。
この先を、見たくない。
二人に気づかれないように、足を後退させて身を翻して旅館の中に逃げ込んでしまおうか、とまで考えている。
だって、べつに、俺などいなくても、二人でだって確認だけならできるだろう。
バクバクと駆け巡る心音が五月蠅くて、煩わしくて、歯を食いしばっているうちに、林を抜けてしまい、気がつけば逃げを選びそこねたことを知る。
木が途切れ、土だけになったその場はたしかに崖っぷちに近くて。柵も何もないその途切れた地面の向こうには、
「あらあら、とても大きい湖ですね!」
大きな、大きな、
「これは壮観ですね、昼間だと綺麗に――大和先生?」
大きな、大きな、
――その中に、小さな、
「先生……?」
広くて、昏くて、
――その中から、ぽつんと、
「ちょっと、大丈夫ですか!?」
寂しく、冷たい、
――その中でも、冷たい、
「水……確か大和先生、水場が苦手って」
孤独な、孤独な、
――その中で、ひとりで、
「えっ、湖までこんなに離れているんですよ!?」
独りで。
「大和先生! 聞こえてますか!?」
「大和先生! 大和先生!」
たった独りで。
「あ……ぅあ」
『アルト――ッ!』
「ああああああああああああああああああああああああ!」
アルト。
アルト。
アルト。
俺の親友。
俺の恋人。
俺の唯一。
俺の最愛。
俺の魂。
俺の命。
俺の心。
誰よりも、何よりも、大切だったオトコ。
覚えている――思い出した。
かき分けた湖の重さ。
掴んだ腕の感触。
触れた頬の冷たさ。
動かぬ四肢の硬さ。
何も吐き出さない唇と歯の隙間。
爛れた傷。
醜い痣。
四方八方に曲がった指。
あるはずのものがない指先。
抱きしめても、
抱きしめても、
抱きしめても、
抱きしめても、
決してひとつになれなかったあの悔しさ。
思い出した。
「ああ……あああ……」
俺が水場を苦手にしていたのは、遠い昔に大切なものをソコで喪ったからだ。
「ああ……アルト……アルト……どうして……ッ」
どうして俺も、連れて逝ってくれなかったんだ。
どうして俺を、道連れにしようとしてくれなかったんだ。
どうして俺は、こんな大事なことを、忘れてしまっていたんだ。
「なんで……ッ、なんで俺を置いて……なんで俺は――ッ」
彼は、二十四年の生涯に己の力で幕を閉じた。
そう、俺の親友は、俺の恋人は、俺の唯一は、俺の最愛は、俺の魂は命は心は
――アルトは、
崖から湖に飛び込み、自ら命を絶ったのだ。