例えばセカイが変わっても、

□例えばソンザイが揺らいだとしても、
2ページ/2ページ


「授業中だからな。お前は休み時間になったら様子を見にきてやれ」

 そう言って「行くぞ」とアルトの手を引っ張り、粟木に背を向けた。これ以上何か言われたなら、教師の顔でいられる自信がなかった。

 このまま、まるで<取り合い>のような会話を続ければ、不安も怒りもストンとどこかへ落としてしまって、迷子のようにその場で立ち尽くしてしまいそうだった。どうかひとりにしないでほしい、どうか俺の手をとってほしい、と、自分勝手にアルトに縋ってしまいそうだった。

「だ、大和斉」

 つんのめるように歩くアルトが、戸惑いがちに俺を呼ぶ。何気ない風を装って「なんだ?」と返すと、困惑したように息を呑んだ。

「僕は……サボってるんだよ?」

「ついに認めたか」

「保健室に用なんてないんだよ?」

「知ってる」

「どうして、なんで……」

「なんで、って」

 現実にお前は存在しないかもしれない、なんて馬鹿げた恐怖を和らげるためだ。と告げたなら、「本当に君は馬鹿だな」と笑ってくれるだろうか。それとも俺の手を振り払い、その理由を問うてくるだろうか。

 答えに迷って数秒、口にしたのはシンジツとは別のもの。

「さっき言ったとおりだ。授業中だから。仮病のお前に付き添うなんて時間の無駄だろ」

 「愛している」と語るのも「好きだ」と口にすることもできない現状で、側に居たいと願うことはせっかく縮まりはじめた距離を開くことになるかもしれないから、だからあくまでも粟木のためであって、アルトのためではないと告げる。

「どうせ俺が見えなくなったら粟木をうまいこと丸めこんでどっかでサボるんだろうしな」

 適当な理由がべらべらと口から零れ落ちるのを他人事のように聞きながら、振り払われない手を引いてひたすら歩みを進める。

「大和斉」

 ぽつりと背後からかけられた声に、視線は向けずに「なんだ?」と返す。今、自分がどんな顔をしているのかわからないので、確認もせずにアルトの眼前に晒す勇気はなかった。

「どこ行くの? 図書館は真逆だよ」

「あー」

 そういえば、粟木がくる前にそんな話をしていたか。

「引き返すのも面倒だし、屋上にでも行くかー」

 屋上に何があるわけでもないけれど、二人きりになれる場所で、誰にも邪魔をされない場所で、ただ一緒にいられたならきっとこの恐怖も次第に薄れていくだろう。

 未だ俺の手の甲に指をひっかけることもないアルトの手は、気を抜けばするりと解けてしまいそうだった。いつかの彼のココロと、同じように。

 どうか握り返してほしいと力を入れるも願い叶わず、独り善がりの想いを押し付けることしかできない自分が悔しくて、俺は強く唇に歯を立てた。


 ――to be continued...
次の章へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ