例えばセカイが変わっても、
□例えばソンザイが揺らいだとしても、
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駆け寄ってきた粟木は、指に髪を巻きつけながらこちらを上目遣いに見やった。
「なにしてるんですかー?」
なんて首を傾けるが、その言葉にはおそらく俺に対しての疑念も含まれているのだろう。やはり新里千里を特別に思っているのではないか、と。
「お前こそだよ。授業中だろ、粟木」
けれど何を悟らせることもなく呆れた表情を作ってそう返せば、粟木は悪戯がバレた子供のように肩を竦めて舌を出した。
「私はぁ、多川くんから新里さんが具合悪いみたいだって聞いたんでぇー、心配して様子を見にきたんですー」
「そうか」
当の本人は保健室へ足を向けるどころかどこでサボろうかを考えていたくらいだ、明らかに仮病だろう。もしくは多川が誤解したのか。どちらにせよ粟木の心配は不要だと告げようとして、寸前で思いとどまる。
もしも今粟木に「こいつは仮病だ」と告げたなら、彼女はきっとアルトを連れて行ってしまうだろう。たとえ粟木が俺といるためにアルトとサボる方向へ話を持っていったとしても、俺はそれを咎め二人一緒に教室へと送り戻さなければならない。――俺は粟木の<教師>だから。
まだ、恐怖を拭いきれていないのに。
「でも、新里は俺が保健室に連れて行くから、お前は授業に戻ってもいいぞ」
咄嗟に口を衝いて出たのは、欲望を最優先にしたタテマエだった。正直、自分でも「よく言った! よく思いついた俺!」と思ったが、目の前の二人が異口同音に「え」と漏らしたことから少し無理があったのかもしれない。それでも訂正も補足もせずにいると、眉を少し顰めた粟木がそろそろと言葉を紡ぎ出した。
「わ、私……」
視線を上方左右に揺らしながら、まるで自分の言葉を確認するように言う。
「でも私、心配だから。先生も次の授業の準備があるだろうし、それにやっぱり気の置けない相手が一緒にいたほうがいいと思いません?」
瞬間、アルトの右頬がひくひくと動いた。誰が気の置けない存在だ、とでも思っているのだろう。俺も、気の置けない相手なら粟木より俺のほうがふさわしいだろ、なんて大人げなく少しムッとしてしまった。
だが実際、現在のアルトにとってはどうなのか。ムカシの記憶をすっかり忘れた、かつて己を裏切った――と、認識している――相手でも、気の置けない存在だと認めてくれるのだろうか。もしも俺より粟木のほうがいい、なんて言われてしまったら――そんな不安が襲って、それ以上粟木の言葉に返す気力を失い、アルトに「どうなんだ?」と視線で答えを委ねた。
しかし返ってきたのは言葉ではなく、小さな吐息と肩を竦めるジェスチャーだけ。それでも口角が上がっているのが見て取れて、答えを委ね返されたのだと気がつく。
ならば、いいだろうか。
「いや」
あの微笑みを、都合の良いように解釈しても。