例えばセカイが変わっても、
□例えばキョウフに駆られても、
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短い悪筆に、そっと指を滑らせる。
間違いなく、アルトが書いた俺への言葉。いつものどこか距離のある一線の引かれた言葉ではなく、剥き出しの
新里千里。
込み上げる懐かしさ。
湧き上がる愛しさ。
かきむしりたくなる切なさ。
が、溢れる。
これが日本語で書かれていたならばこんなにも心を揺さぶられたりはしなかった。迷子がようやく親を見つけた、そんな安心感を得たりはしなかった。
「アルト……」
俺の、たったひとりの、親友。
誰よりも心を預けられた男。
気の置けない幼馴染。
コイビトという関係はもう断ち切られてしまったけれども。
「どうかもう一度、俺にチャンスをくれ」
俺にもう一度、せめてお前の<親友>を名乗るチャンスを。
お前の心に、寄り添える名前を。
そうして叶うならば、今度こそ永久の愛を。
今度は逃げないから。
今度は諦めないから。
今度は絶対お前を――、
「え……?」
――救い出してみせるから。
「すく、う……?」
唐突に思考を占拠したケツイに動揺する。まるで思い出せていないときに聞いた
ライリの声のような、知り得ていないことを知っている感覚。
芽生えた<救う>という感情と、共に在る<後悔>。救えなかった過去があると、明確に語る心情。
知らない。
俺のキオクに、こんな後悔はない。
だと、すると。
「アルトと離れたあとのこと、か」
未だ思い出せていない、
過去のできごと。そこには俺がウラギリモノである所以が眠っている。ウラギリモノであるが故に救えなかったのか、救えなかったが故にウラギリモノなのか。はたまたウラギリモノとはまったく関係ないことなのか。いずれにせよ、救わなければならない状況下にアルトは置かれていたのだ。
「何を忘れてるんだ、俺は……っ!」
机に拳を打ちつけるが、どれだけ痛みが襲おうとも記憶の扉は開かない。
誰よりも愛しているあいつより己の心の安寧をとるつもりなのかと、強く唇を噛んだ。
目の前のメモ用紙は、当然、何も教えてはくれない。水面に浮かぶ木の葉のように、ふわりと時折動くだけ。何故だかそのようすが、数時間前に見た光景と重なった。何の変哲もない床の上にころりと横たわるシャープペンシルと、重なった。
途端、脈打つ心臓。
「落ちてた、じゃなくて、浮かんでいると、思ったのか……?」
水面に浮かぶ、木の葉のように。
――どくり。どくり。
鼓膜が警鐘を鳴らす。
「どこに……?」
やがて引きずられるように思い出したのは、幼いころから抱いていた水への恐怖。
それがまさか、もしかして、キオクの欠片だったというのか。
「水……、水が……」
大事なことだ。これはとても大事なこと。心臓が血管を引きちぎらんとばかりに暴れようと、心音が脳内をかき乱して痛みを齎そうと、負けてはならない。
今、絶対に、負けてはならない。
「水に……水に浮かんでた……?」
なにが。
なにかが。
キオクを引き継がずに産まれてなお、水への恐怖を抱くほどに、恐ろしい何かが。
ちかり、ちかり、と視界が明滅する。
白。
黒。
現実。
黒。
現実。
白。
白。
黒。
現実。
白。
現実。
赤。
黄。
白。
緑。
赤。
青。
黄。
白。
青。
青。
蒼。
あお。
『アルト――!』
目の前が、真っ暗になる。
キオクの声なのか、自分が叫んでいるのか、荒い呼吸に掠れて熱い喉ではわからない。
ただ襲い来るのは――、絶望。
そんなわけがない、と。そんなわけがない、と。
「ぅあ……ッ」
いっそ、たちたいと思った理由は、何だったのか。
気を失った俺は無意識に再び扉に鍵をかけてしまい、思い出しかけた光景もすべてそこへと仕舞いこまれ、結局残ったのは酷い恐怖心と、心を抉り千切られたような痛みだけだった。
――to be continued...