例えばセカイが変わっても、
□例えばジンガイに転じても、
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それほど遠くない目的の場所――ケーキショップの駐車場に車を停め、自動ドアを潜ると冷気が剥き出しの腕を撫でた。一度だけ擦るように左腕に触れて、様々なケーキが並ぶショーケースへと向かう。
そう、俺があいつへの餌として買いにきたブツとはケーキのことだ。アルトは食に興味がないタイプだったが、<俺>の屋敷で甘味を前にしたときの表情がいつもより緩んでいたのを俺は知っている。今の味覚がどうあれ、用意しておいて損はないだろう。
目の前の色とりどりのケーキに、さてどれにしようかと考えて商品名のプレートに小さく書かれている文字に気がついた。<このケーキにはリキュールが入っています>との表示に、内心小さく舌を打つ。
そうだ、ケーキの類にはこの問題があった。
一般に風味付けとして使われるリキュールは<俺>の時代にも使われていたが、あいつに出す菓子類には一度として使ったことがない。何故ならあいつは、重度のアルコールアレルギーだったからだ。酒をグラス一杯被っただけでも軽い呼吸困難に陥るほどで、経口摂取などしようものならいったいどうなってしまうことか考えるのも恐ろしく、俺の屋敷で出す料理には絶対に酒の類を使うな、と料理長の耳に胼胝ができるくらい繰り返し伝えていた。
果たしてイマはどうなのか。一緒に食事をしたけれど、そのときはまだキオクがなかったので気を付けようともしていなかった。メニューを決めたのはアルト本人であるため、わざわざ俺に「アルコールアレルギーだ」と伝える必要もない。
どうしたものか、とショーケース内を一巡させていた視線が、ピタリとある一点で止まった。それはクルクルと重なるように幾重にも巻かれたクリームの山――モンブランだ。確か、あのレストランで食べていたのはモンブランだったはず。ならば少なくとも、風味付け程度の微量ならば問題ないのかもしれない。
「すみません、このモンブランにリキュールは入っていますか?」
それでも念のために問いかけた俺に、店員は入店当初に見せたものと変わらぬ笑みを浮かべたまま、
「当店のモンブランにリキュールなどのアルコール類は一切入っておりません。お酒に弱い方にも、お子様にも安心してお召し上がりいただけます」
その言葉にひとつ頷いて、財布を手に購入を告げた。
しかして保冷剤を二つ付けてもらったモンブランの入った箱を後部座席に置いて、運転席に乗り込む。
「お気に召して頂けるかな」
俺は自分の口角が上がるのを自覚しながら、ステアリングを握った。
――to be continued...