例えばセカイが変わっても、

□例えばジンガイに転じても、
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 それでも会いたいという想いが消えない自分は、呆れるくらいあいつが好きなのだと思う。よく前世と現世の人間を混同して愛するなと云うけれども、あいつはムカシと何も変わっていない――言うなれば、<アルト>が<千里>という名前に変わったくらいの印象だ。そもそも生きていれば性格が変わることなど珍しくもないので、<再会>までに十六年の空白があろうとなんら違和感はない。加えて、あいつにはキオクがある。混同しても問題は生じないし、あいつもそんなことを気にするような奴ではないだろう。そもそも、キオクのなかった俺を愛していると言い始めたのはあいつだ。そのことについて、俺も別段気にしてはいない。

 俺はアルトの<ココが好きだ>というポイントを持たない。ただただ気がついたときには好きだったのだ。だからもしも誰かにどこが好きなのかと問われたら<全部>と答えるしかないし、それでも具体的にと乞われれば<魂>以外思いつかない。だから今世、アルトが虫――それも害虫に生まれ変わっていたのだとしたら、恐ろしいことに俺はその害虫を心の底から愛してしまっていただろう。人間に生まれてくれて本当によかった。

 故に――あえて語弊を生む言い方をすれば――俺はあいつが<あいつ>であればどのような人間だろうとかまわないのである。そしてもしもあいつが、キオクのない二十六年を経た俺とライリ(かつて)との相違に落胆し、俺に向けた愛情の矛先を下ろしたとしても、それはそれでかまわない。勝手だとは決して思わない。あいつが俺を愛していなくても、俺はあいつを愛しているのだから、再び矛先を向けさせればいいだけの話だ。同時間軸に<昔の俺>が存在するわけでもなし、チャンスは幾らでも巡ってくる。

 そう、チャンスだ。

 多少の進歩はあれ、避けまくられている今、少しのチャンスも逃してはならない。今まで傷つけてきた、傷つけてしまっていた分、それ以上に愛して愛して愛しまくる。もう傷つけたりはしない。俺が愛せるのはあいつだけだとこの二十六年間で思い知ったのだ、そうやすやすと逃してなるものか。

「と、すれば……口実がいるな」

 一の出来事に十の屁理屈をくっつけて要求を突き返してくるあいつと俺の前には、<生徒>と<教師>という過剰な接触を避けるのにはピッタリの名前が横たわっている。何故にこんな面倒な職種に就いてしまったのかと後悔しかけたが、この職に就いていたからこそ再会できたのだ。むしろその立場を利用し、<雑用>だなんだと理由をつけて引っ張り回せばいいのではないだろうか。

「雑用……そういや、あいつ掃除にこなかったよな」

 デートの約束を半ば無理矢理に取り付けた日のことだ。あいつは理科室の罰掃除をものの見事にサボってくれた。半分は俺のせいもあろうが、何にせよこれは近づくための<口実>に成り得るのではないか。いくら屁理屈を並べ立ててきても、<あいつが了承済み>の罰掃除であることには変わりない。口約束とは言え、大勢の<生徒(証人)>の前で交わされたモノだ。優勢なのも有利なのも俺のほうだろう。

 明日あいつを呼び出そう。

 そう決めた俺は、ようやくベッドから立ち上がり、身支度をするために寝室をあとにした。念のため、あいつの屁理屈の数を減らすブツの調達に行くためだ。物が物だけにできれば当日に用意したいが、さすがに学校を抜け出して向かうのにはいくら俺でも罪悪感を抱く。

 ロング丈のTシャツを頭から被り、クロゼットの一番取りやすい場所に置いてあったデニムジーンズを穿いて、財布をポケットに突っ込み家を出た。

 徒歩で行こうかと考えたが、照り付ける太陽とアスファルトから上る熱気に駐車場へと足を向ける。当日用意できない分、できる限り温度に気を遣いたい。
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