例えばセカイが変わっても、
□語るはクチビルの温度と、
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俺があいつ――アルトを思い出したということはひとまず秘めることにした。幸いあいつは<大和斉>を知らないので俺のようすが多少おかしくとも気がつかない。下手なことは言うものかと気を張りつつも、お互いを知り尽くした相手との時間はとても穏やかなものだった。
帰宅後、遠出の疲労感に眠りについて観た夢は、身に覚えのない、けれどとても懐かしいキオクの再演。ただ一人、狂おしいほど愛した相手との物語は、悲劇と語るべく結末だ。それはけれども<俺にとって>でしかない。望んで俺たちの関係を告発したアルトにとって、あのオワリは悲劇とされるものなのか、喜劇とされるものなのか、はたまた別の物語のための序章に過ぎないのか。
ただ気になるのは先日あいつが口にした、「裏切られた」という言葉。あの記憶を呼び起こす限り、裏切ったのはアルトのほうだ。俺はそもそもあの瞬間まで、何も知らずのうのうと彼の仕事が終わるのを待っていたのだから。
もしかしたら何か誤解があったのかもしれない。
あいつはこうも言っていたのだ。
『アイツが、結局、愛したのは、オンナなんだ』
俺はあの瞬間まで他の人間に目移りしたことなど、一度もない。だが、もしもアルトがどこぞの女と俺との仲を誤解して、憎み、あの告発に至った――のだということは、残念ながら、確実に、ありえない。あいつはそれほどに<自分に向けられる愛情>を信じる
性質ではなかったし、与えられなくなったものを返せと奪いにくるような性質でもなかった。仮にもしも万が一、俺が実際そういった事を起こしたとしたならば、あいつは黙って俺の手を放し、「しあわせに」と微笑むだろう。いくら心が悲鳴を上げようと、すべてを呑み込んで笑うだろう。そういうオトコだった。
だったら、いったい何があいつを苦しめている。
俺が裏切ったというのは、いつだ。
そこまで考えて、ふと己の最期の記憶がないことに気がつく。ない、というよりも思い出せていないというほうが正しいか。俺の記憶がハッキリしているのは、あの<別れ>の瞬間まで。それ以後は、いやにぼんやりとしている。
違和感に眉根を寄せてキオクを辿り、
『アルト――!』
見えた映像に全てをシャットダウンした。
瞬間取り戻したキオクは放り出され、観得たはずの景色も色すら思い出せない。けれど、耳にこびりついた音だけは。
俺自身の、悲鳴だけは。
「なんだあれ……」
心を揺らすほどの、嘆きだけは。
「いつの記憶だ……?」
<あの日>のものよりももっと、もっと悲愴感に溢れ、絶望感に塗れた叫び声。
早鐘を打つ心臓を抑えつけるように、胸元を掴む。どん、どん、どん、と何者かが内側から殴りつけてくるかのように、痛く、五月蠅い。
どうやら思い出せていないキオクがまだあるらしい。そこに、俺が<ウラギリモノ>である理由が眠っているのか。
「だから、思い出したくないのか」
誰より愛する人間を苦しめておきながら、自己保身に走る自分に嫌気が差す。
『自分で自分を守らずして、誰が守ってくれるって言うんだ』
醒めた声。醒めた眼差し。俺を慰めるように蘇る言葉は、皮肉にもあいつのもの。
その言葉の意味を、俺は確かに知っていた。孤独に戦うお前の弱音であることを、悲しみであることを、俺は確かに知っているのに。
そのとき俺はあいつになんと返しただろうか。探り出した答えに、心の底から嘲笑した。
『お前は俺が守ってやるよ』
お前が一番、傷つけたくせに。
――to be continued...