例えばセカイが変わっても、
□語るはクチビルの温度と、
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出立の日。俺の見送りに集った人々の中にアルトの姿も在った。本来であれば許されないはずであるのに、どうやらクメルがまた取り計らってくれたらしい。彼女には本当に頭が上がらない。
馬車を前に俯くアルトは、いったいどんな思いを抱えながらそこにいるのか。俺を嫌っているのだろうか、それともまだ情を残してくれているのか。あれほど通い合っていたと思っていた心が、今はひどく分厚い壁に阻まれたように見えない。
きっとこの先、俺とアルトが再び相まみえることはないだろう。これが最後なのだと思うと、もう周りを気にしてなんていられなかった。誰も近寄ろうとしないために空いた不自然な空間に、ぽつんと佇むアルトの両頬を掴んで引き寄せ、
「離れていても、想っているから」
誓いを込めて、唇を重ねた。
初めて交わした体温から、繋がる想いがないのが少し寂しい。それでも押し退けられないことが嬉しくて、どうかこのまま時が止まればいい、なんて馬鹿みたいなことを本気で願った。
けれども、
「ライリ様!」
けれども使用人の咎めの声が、そんな馬鹿な願いなど叶わぬと告げる。「今さらだろ」と返すも、真っ赤な顔で憤慨露わに俺を馬車に押し込んだ。どうせ緘口令を布くのだから、最後の時くらい好きにさせてくれてもいいのに。溜息を吐きつつ、そっと己の唇に触れる。忘れないよう、忘れられないよう、いっそ噛みつけばよかったな、なんて<化物>らしい考えが頭を過ぎり、独り、嗤った。
アルトは最後まで、何も言わなかった。
何も言わずにただ、その場に立っていた。
俺たちの関係が終わりを告げた、あのときと同じように――。
――ふと、意識が浮上する。
ゆるく開いた瞼の隙間から見えるのは、イマの俺の部屋の天井だ。寝起きのぼんやりとした頭のまま、ベッドサイドの時計に目を向けると、起床時間より一時間も早い。日曜日だというのに、少し損した気分になる。
それでも二度寝する気分にはなれず、緩慢な動作で身体を起こした。目にかかった前髪を右手で払いのけながら、辿るのは前日の記憶。