例えばセカイが変わっても、

□語るはハジマリの悲劇と、
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 何から語ろう。

 たくさんある思い出の何を語ろう。

 蘇った記憶の途切れる少し前を語ろう。

 遠い昔の恋人たちの悲劇のハジマリを、語ろう。




 遠い昔、いわゆる前世と呼ばれる代の俺――ライリ――と、同じく前世の新里千里であるあいつ――アルト――は俗にいう幼馴染というやつだった。ともに貴族と呼ばれる階級にいて、アルトのほうはとある事情により僅か五歳で一族の当主を継ぎ、十二歳で当主並びに領主名代だった叔父から領地を<取り上げ>正当な領主として立っていた。対して、上級貴族の嫡男という立場にありながら与えられている総てを父に任せのらりくらりと過ごしていた俺。そんな俺をどうしてかアルトは好いてくれて、俺もアルトに惹かれてしまっていた。いつからなんて覚えていない。もしかしたら始めからだったのかもしれない。運命。必然。奇跡。そういった、当人たちには抗いようのないどうしようもないものだったのだろうと思う。

 俺たちは自然と<恋人>になった。しかしそれを純粋に喜ぶには、産まれた時代が悪すぎた。その当時、同性同士の恋愛は片道ですら許されない禁忌とされた行為だったのだ。

 言うまでもなく俺は男。もちろんアルトも男。もしもこの想いが、この関係がバレてしまえば、共に処刑は確実。だから口を噤んで、ただ<恋人>というナマエにだけ縋って、それらしいこともそれらしい態度も一切とらずにいた。

 しかし。

 それでも。

 それなのに。

 終わりは突然訪れた。

 二十歳になるかならないかというころだ。いつものようにアルトの屋敷の応接間で過ごしていると、突然扉の外から騒がしいガチャガチャと金属がぶつかる音が届いた。普段、静かすぎると言ってもいいこの屋敷にしては珍しく、少し様子を見ようと革張りのソファから立ち上がったとほぼ同時に、応接間の扉が乱暴に開かれた。そこからまるで雪崩のように入ってきたのは、この国の兵士。それも、鎧に王家の紋章を刻んだ――国直属の兵。

 兵士たちは、素早く俺を取り囲むと、手にした槍をつきつけてきた。驚きに油断していた両腕をとられ、両側から拘束される。捻り上げられた腕の痛みでようやく状況を理解すると同時に、叫んだ。

「いったいなんのつもりだ! この屋敷に国軍が何用か!」

 返るのは嘲ったような笑い。実際、嘲ったものだったのだろう。その兵士の表情は嘲笑と嫌悪に溢れていて、俺を見る目は侮蔑を宿していた。

 おそらくは部隊長格であろう兵士が、無表情で告げる。

「とある人物から貴殿が性を同じくした者と恋仲であるとの告発があった。事実であれば法に背く行為である、捕えねばなるまい」

 思わず、息を呑む。

 何故、バレた。

 誰が、告発した。

 ただ想い合うだけの幸せを、誰が、壊した。

 いやそれよりも、俺の相手がアルトだと知られているのかどうかが気掛かりだ。もしも俺の名前だけが上がっているのならば、なんとしてでも隠さねばならない。

「こ……この屋敷の主は、このことを知っているのか! いくら国軍であれ、無断でこのような」

「はっ!」

 それは大きな、

 大きな嘲笑だった。

「貴殿は己の立場をわかっておられないようだ」

「なんだと!?」

 説明もなく情報もないこの現状のもどかしさに、捕まれたままの両腕も、向けられる刃にもかまわず立ち上がろうとしたそのときだ。ひどく焦ったようすの人物が部屋に飛び込んできたのは。それは、今しがた口にした屋敷の主であり、俺の幼馴染であり、恋仲である――、

「アルト!?」

 日ごろ滅多に表情を動かすことのない彼は、部屋の入り口で瞠った目をこちらに向けている。ひとまず無事なことに胸を撫で下ろし、次いで相手はバレていないらしいことに安堵する。もしも知られていたのなら、俺と同じように拘束されているはずだから。

 しかし、兵士たちのあいだから見え隠れするアルトのようすがおかしい。どこか蒼褪めたような顔色だ。自身を案じているのか、それなら大丈夫だと合図を送ろうとして、彼の隣に見知った姿があることに気がつく。あれは俺の姉であるクメルだ。何故ここに。

 おもむろに兵たちが槍を収めた。ようやくまともに見られたアルトの姿は今にも泣き出しそうな表情で。その隣で慰めるように、何かを言い含めるように、言葉を囁いているクメル。そこを替われと叫びたいが、そんなことをすれば<相手>はアルトだと言っているようなものだ。せめて傍に――親友の顔、否、彼の屋敷の中で捕らわれたことを理由に解放を縋っている罪人としてでもいい、その手をとりたい。

 立ち上がろうとする俺を兵士数人が抑えつけてくる。それでも足に力を入れ抵抗していると、信じられない言葉が耳に飛び込んできた。

「僕のせいなんだよ!」

 動きを止め、視線を向ける。兵士が自然と目の前から散った。開かれた視界に立つ、蒼白な顔のアルトとその両肩に手を添える沈鬱な表情の姉。

「僕、のせい……って」

 何が、など、この状況を見れば明らかで。

 拘束されている俺に対して、刃を向けられてすらいないアルト。

「まさか、お前」

 そんなはずが、ない。

「なんで……っ! お前が!」

 そんなはずが。

「嘘だろう!?」

 涙で、視界が滲む。

 己の心を偽るとき、彼は同じ言葉を二度ゆっくり繰り返していた。今まで俺が一度も指摘しなかった彼の<クセ>が出ていないことから、嘘ではないことは明らかで。

「な、なんでだよ」

 唇が震える。

「なんでだよアルト!」
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