例えばセカイが変わっても、

□例えばコエが蘇っても、
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 それに気がついた途端、次から次へと脳内に湧き上がってくるコエたち。

『お前いつも先にデザート出してもらってるよな』

『満腹だと美味しさが半減することに気がついたからね。自分の屋敷の中で、何をどの順番でどう食べようが僕の勝手だろう』

『別に悪いなんて言ってねえだろ。うちでもそうするか?』

『気遣いは無用だよ。君の屋敷なんだから君の食べたい順で出してもらえばいい』

『んなら、お前がきてるときはデザート先にするわ。お前が少しでも楽しく俺んとこで過ごせるように』

『……気遣いはいらないと』

『今さらお前に気遣いなんてするかよ。少しでもお前に喜んでほしいというこの――親友への思いやり、わっかんねえかなぁ』

『僕は君のためにデザートを後に出す気はないよ』

『ひでえなお前』

 声。

『――の馬鹿! 今度寝坊したら、僕は帰るからな!』

『おーこわ。寝坊しない日もあるだろが』

『それでも絶対遅刻するじゃないか! いい加減誰かに起こしてもらったらどうなの!』

『いいんだよ! 俺には――っつー便利な目覚ましがあるんだから』

『君は僕をなんだと思ってるんだ!』

 ――記憶(コエ)

『離れていても――』

「お客様?」

 呼びかけられ、我に返って目の前を見ると、店長が不思議そうにこちらを覗き込んでいた。

 逸る鼓動と、眩暈。

 記憶の激流に呑まれていた時間は数秒程度。

 意識はただ外へ向かう。今すぐ飛び出していきたい気持ちばかりが押し寄せて、この一瞬が、ひどく長く、永く感じる。

「あ、の」

 真実への期待と不安、正体への狂喜と恐怖に、声が掠れた。

「もういいので、会計してもらえますか。連れが待ってるので」

 焦る。

「あっ、申し訳ございません。お連れ様にもお詫びを」

「結構です」

 すべてが幻想(ユメ)なのではないかと。

「あいつ、当事者じゃない人間に謝られるの、嫌いなんで」

 苛立つ。

「反省の欠片すら見えない謝罪も嫌いな奴なんで」

 姿が消えてしまうのではないかと。

「さ、左様でございますか。では今回のお食事代は結構ですので、またお越しくださいませ」

 店長の言葉を聞き終える前に、俺は店のドアを押し開いた。今にも震え、頽れそうな足になんとか力を入れながら、カノジョの姿を探す。しかして求めた姿は、駐車場の縁石に腰かけて空を仰いでいた。その横顔に、重なるものがある。

『僕は一人でも大丈夫だから』

 いつもどこか遠くを見ていた眼差し。

『大丈夫だから』

 何よりも疎ましかった、その強さ。

『ずっと、一緒にいられたらいいのに』

 何よりも愛しかった、その弱さ。

 心と記憶が、

 ようやく、

 ひとつになる。

 どうして忘れていたのだろう。どうして忘れていられたのだろう。あんなにも狂おしく想い続けたヒトを、あんなにも愛しぬいたヒトを、どうして。

 カノジョは――、カレは――、俺が<大和斉>として産まれるずっと以前からの、俺が<ライリ>という名で呼ばれていたころからの――恋人だ。



 ――<アルト>。



 身の内が震えるほどの歓喜に駆け寄って、勢いのままに抱きしめかけ、そして――躊躇した。

「大和斉?」

 不思議そうに見上げてくるカノジョ――アルトをただ黙って見下ろす。

 今もまだ蘇り続ける記憶は確かにあって、それらすべてがカノジョを<恋人>だと語るのに、同時に思い出すのはいつぞやの言葉。

『僕は一度裏切られた』

 カノジョが遠い昔の記憶を有しているとして、だとすればやはりカノジョの云う<ウラギリモノ>とは俺のことなのだろう。もしや、()がアルトを覚えていなかったからか。いや、そうではない。彼女が云う<ウラギリモノ>とは間違いなく、ライリ()のことだ。

 だけれど。

 だけれど。




『うんざりだったんだよ、こんな関係』




 裏切ったの(ウラギリモノ)はお前だっただろう、アルト。


 ――to be continued...
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