例えばセカイが変わっても、
□例えばコエが蘇っても、
1ページ/2ページ
――そしてそれから。
食事を終え、彼女を先に店から出して伝票を手に会計レジの前に立った俺のもとへ、男性の店員が焦ったようすでやってきた。いったい何事かと目を丸くしていると、男性の店員――ネームプレートには<店長>とある――の後ろから少し不貞腐れたような顔をしたあの店員も現れた。そうして揃ってレジ台から出てくると、店長が俺に向かって髪を振り乱さんばかりの勢いで頭を下げ、
「申し訳ございませんでした!」
「は?」
何を謝られることがあっただろうか、とこのレストランに入店してからの出来事を思い起こしてみる。思い当たるとすれば、<彼女>に対しての店員の態度くらいか。ならば謝るべきは俺にではないのだが。
「この度のこの者のお客様への態度、さぞご不快になられただろうと存じます! その上、本人から聞いたところによりますと、お客様にお届けするお食事の順番をわざと入れ替えたとか。大変ご迷惑をおかけしまして、誠に申し訳ございません!」
「順番?」
店員の態度以外についてならばガムシロップとミルクポーションのことくらいしか心当たりはないが、しかしそれらのことを<お食事>とは呼ぶまい。何のことだと首を捻っていると、赤べこのように首を振る店長の横で例の店員が不満そうな声を上げた。
「ほらぁ、店長、お客様なんのことかわかってませんよー。あの子もなんにも言わずに食べてたしー、わざわざ謝ることないと思うんだけどなー」
「何を言ってるんだ! いくらお客様が気づかれなかったとはいえ、お前がお客様にわざと不快な思いをさせようとしたことには変わりないだろう!」
頭を下げたままの店長の叱咤にも店員は唇を尖らせるが、俺としては今現在において接客サービスのことなどどうでもよかった。店員が「あの子」と言った瞬間、何故だか胸騒ぎがしはじめたのだ。ゆっくりと、心を這いあがってくるような、期待にも似た何かがじわじわと滲み出てくるような感覚。
我知らず、コクリと喉が鳴る。
アイスコーヒーを氷まで食べたというのに、喉が渇いた。
「詳しく、説明、いただきたいのですが」
「はいっ!」
俺の要求に店長は身体を起こし姿勢を正すと、一息で事の次第を垂れ流すように吐き出した。
「お客様にご注文いただいたお食事にデザートが含まれていたことと存じますが、こちらのスタッフがお客様となるべく接点を持ちたいがために、わざとお食事の前にデザートをお届けしたのだと、それなのに文句ひとつ言われなかったと、その上そのせいでお席に近づく機会を逃したとほかのスタッフにこぼしているのを耳にしまして。そのことについて問い詰めている中で、お連れ様とお客様とで接客に差をつけたとも白状しましたので、なんたることかと即座に謝罪に伺おうとしたのですが何やら大事なお話をなさっているごようすでしたのでその時は控えさせていただきました。どうかお連れ様にも謝罪させていただき」
「ちょっと待ってください」
「はいっ」
恐縮しきっている店長には申し訳ないとは思うが、俺は眉間にしわを寄せて一歩距離を詰めた。
「了承もなしにデザートを先に運んだことが問題だと仰ってるんですか?」
「それだけではありませんが、左様でございます」
「つかフツー、ご飯の前にデザート食べますぅ? こういうとこって、ご飯すぐくるのにおかしいと思いませぇん?」
だからこの店員はあのとき不可解なものを見るかのように彼女を見ていたのか。そう納得すると同時に、全身が粟立つ。
俺は言われるまでそれをおかしく思うことはなかった。それは彼女の食事の順番に特に興味がなかったなどという理由ではなく、<彼女がデザートを先に食べることは不思議なことではない>と<知っていた>からだ。
そう、知っていたのだ。
カノジョのことだけではなく。
あの静かな声の
青年の正体も。
ずっと前から、
俺は、
知っていた。