例えばセカイが変わっても、

□例えばオモカゲで冒されても、
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 本屋を出てから改めてガイドブックを開き決めた場所は結局夜景スポットではなく、『デートにぴったり! ランチレストラン』と書かれたページの中の一件にした。電車を乗り継いで三十分かかるが、お互いの立場を考慮すれば致し方ない。彼女もそれを理解しているのか――そもそも彼女のほうが気にしているのだが――時間について何を言うこともなく、二つ返事で了承が返った。

 その店はレストランというよりもファミリーレストランに近く、ちらほらと学生らしき若い層の姿もあった。そこに知った顔はなく、安心して窓際の四人掛けのソファに向かい合って座る。立てかけてあったメニューを手に取りページを開くと、並んでいるのは様々な種類の料理名とその料理の写真。どれも美味しそうだ。

「お前なに食べんの?」

 メニューの上から訊ねると、こちらを一瞥した彼女はやけに断定的な口調で言った。

「まだ決めてない。君は魚介類のパスタが好きそうだよね」

「いや、俺、魚介類ダメなんだわ」

「え!?」

 魚介類――俺が唯一食べられないもの。だから決して「好き」だなんて言うわけもないのに、彼女はひどく驚いたようすで顔を上げた。まるで俺がそれを好物なのだと思い込んでいたかのように。

「そうなんだ……」

「どうした?」

 やけに弱々しい声でそう呟くものだから心配になって覗き込む。けれどその表情に愁いはなく、声とのアンバランスさに彼女が何かを隠していることは明らかで。

 何を隠している。

 何を想っている。

 もしかして、俺はお前を裏切った奴と重ねられてしまったのか。魚介類が好きなのは、そいつだったのか。

 両肩を掴んでゆさぶりたい気持ちを抑え込むも、返された曖昧な笑顔に悔しさが消えない。

「いや、ちょっとびっくりしただけ」

「なにが?」

 少し冷たく聞こえたかもしれないと思ったが彼女は気にしたようすなく続ける。

「君、魚介類が好きそうな顔だったから」

 無理がある言い訳が彼女の動揺を表しているようで、心の中で舌を打った。

「どんな顔だよ」

 本当に俺が<裏切り者>と重ねられていたのだとしたら、差異を見て、比べられて、落胆されて、「勘違いだった」と決めつけられてしまう前に引き留めなければならない。彼女の心に咲く(はな)を、俺以外が手折ることは許さない。まして、相手は彼女を傷つけた輩だ。彼女の想いを摘み取る資格すらもあろうはずがない。

「まあ……」

 悔し紛れでも、悪あがきでも、みっともなくてもいい。

「昔は好きだったけどな」

 <裏切り者>は、<俺>で塗り替える。

「えっ!?」

「驚くことかぁ?」

 案の定愁いを消し驚く彼女に白々しくもそう問いかける。彼女が身を乗り出すほどの興味を惹いた事実が、やはり悔しくて、けれど嬉しくて、それが格好悪く思えて、メニューに視線を落として彼女を視界の端に追いやった。彼女の中に残る影をこんなにも気にしていることが、バレないように。

「昔食べた魚介類が腐ってたんだよ。それで、食中毒になったんだ」

「それは……、ご愁傷様」

 きっと心の底からの言葉だろう同情が込められた声に「どうも」とだけ返す。

 それから。先に料理を決めたのは彼女で、モンブランにレモンとハーブのチキンソテーのドリンクセットと告げた。名前に少し食欲をそそられ、そんなものがあったかとメニューを捲っていると、苦笑した彼女が自分のメニューをこちらに広げた。目の前に開かれているのは確かに『チキンソテー』が並ぶページだ。どうやらページが指に引っかからず、飛ばしてしまっていたらしい。

「ここ、載ってるでしょ?」

 とんとん、と指で示すその写真はやはり美味しそうで、同じものを注文しようかと思ったがその下にある写真にも目を惹かれ、逡巡する。

「あ、じゃあ俺は」

「トマトソースのチキンソテー……で、あってる?」

 単純に、驚いた。

 彼女が口にしたのが、俺が目を惹かれた料理の名前だったからだ。ページ内にはほかにも五種類ほどチキンソテーがあるというのに、何故ピンポイントで俺が気になった料理を当てられたのだろう。

 重ねられている、のか。いや、いくらなんでもそれはないだろう。似ている部分があるとしても、ここまで的確に当てられるわけがない。

 恐る恐るといったようすの彼女に何の感想も抱けず首を縦に振ると、その目元が少し和らいだように見えた。それはどういう意味なのか。いっそ教えてくれと、乞うべきか。
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