例えばセカイが変わっても、

□例えばウラギリモノにこわれても、
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「何が間違ってるの?」

「俺の愛し方だ」

 俺を愛しているのなら、お前を求めている俺を手放していいはずがない。伸ばした手を跳ねのけて、逃げていいはずがない。

「一般的にはね、でも、僕にとっては正解だ」

「んなわけねえだろ。自分だけ特別ですってか? 自惚れんな」

『逃がさない!』

 あの屋上のときのように、強く俺に怒鳴りつける声が頭に響き始めた。

『逃がすな!』

 怒気と、

『絶対に、手を放すな!』

 痛惜と、

『泣き叫んでも、追いかけろ!』

 切願と共に警鐘の如く溢れる声に押されて、

「自惚れてなんか」

「次の土曜日午前十時に駅前オブジェだ」

 そう告げていた。

「え?」と、目を丸くし、困惑に怪訝な顔をする彼女にニヤリと笑む。

「デートだ」

「え…………誰と……、誰が?」

 わかりきったことを問うてくるのは、現実逃避かキャパオーバーか。

「俺とお前以外に誰がいるんだ?」

 当然のように返せば、彼女は面白いほどあんぐりと口を開いたまま三拍置いたあと、見事な腹式呼吸で叫んだ。

「はぁあああああ!?」

 普通、好きな相手からデートに誘われたなら、赤い顔をして照れるなりするだろうに、彼女は「何言ってんの? 馬鹿なの? 頭大丈夫?」と言いたげに左右の眉を上下に離したまま、不可解なものでも見るかのような目をこちらへ向ける。

「おいおいなんだよその顔。いいか、もっかい言うぞ? 土曜日午前十時駅前オブジェ、はい、復唱」

「ど、どようび、ごぜんじゅうじ、えきまえ、おぶじぇ」

 壊れたロボットのようにカクカクと口を動かす彼女に、もう一度だけ復唱させてから、くるりと身体を回転させた。我に返って反論される前に追い出そうと、ぐいぐい背中を押す。

「はい、じゃあ授業行ってらっしゃーい」

 ぽん、と一押しで理科準備室から退出させると、彼女はそのままふらふらと身体を揺らしながら去って行った。

 それを見届けて扉を閉め、椅子へと腰を落ち着ける。

 デートの日取りは考えもなく出たものだが、特に予定はないので問題ない。今気になるのはただ一つ、あの<声たち>だ。

「このあいだから、なんなんだ」

 俺に激しく呼びかける男の声と、落ち着き払った男の声。前者は必ず<彼女>の存在に応じて表れ、後者はふとした瞬間に表れる。

「お前はいったい、誰なんだ」

 前者を意識して呟いた言葉に、ふうわりと穏やかな、それでいて悲しみを抱いた声が返った。

『どうか、独りにしないでくれ』

 誰を、と、誰が、と問いかけたがしかし、それに答えが返ってくることはなく。脳内でその声の主を探してみても、見つからない。見つけられない。ただ、漠然とした不安と願いだけを置き去りにしたその自分勝手さに、先程の彼女の言葉が蘇る。

「あいつは誰を愛して、誰に裏切られたんだ……」

 平素、周りなど気にしない彼女が、<愛>に怯え、<愛>を恐れるまでに至る傷をつけた、<裏切り者>。まるで追い詰められるようにして勤しんでいたという読書に関係しているのだろうか。俺という存在に<愛>を抱いたからこそ、裏切り者が関係する読書をやめたのか。

 もしも。

 もしもこの先、そいつが彼女の前に再び現れたとしても、裏切ったことを謝罪などさせてやらない。彼女に傷をつけた償いなど、させてやらない。彼女がそいつを見つけ、そいつを求め、そいつに手を伸ばすまで決して、俺はそいつを赦さない。否、彼女が赦しても、俺だけはそいつを赦したりなどしない。

「だってそうだろう?」

 愛する人を傷つけた人間を、どうして赦す必要がある――?

『死んでも、赦すな』

 あの声が、耳の奥で冷たくそう囁いた。


 ――to be continued...
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