例えばセカイが変わっても、

□例えばカメンが隠しても、
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「何が聴きたいの?」

 これみよがしの溜息のあと、頬杖をついた彼女は仮面を被ったままそう問うてきた。

 先ほどと同じ問いを返せば、ソコから滲み出る<本物>。

「君は馬鹿なの? 気が合わないからって言ったじゃないか」

「俺は、たとえば? って聞いたと思うが?」

「どう答えて欲しいの?」

 挑戦的に笑う彼女は、恐らくこちらが「たとえば」を指定したらならば、当たり障りのない答えを返してくるだろう。嘘でもないが、本当でもない答えを。

 そうはさせない。

 <お前>の手なら、嫌というほど知っている。

全て(シンジツ)だ」

 途端、彼女は小さく噴き出した。おかしなことを言った覚えはないし、俺は今までになく真剣に答えたつもりだというのに。

「何がおかしい?」

 不愉快に、首を傾げ問いかける。無意識に眉根を寄せていたらしく、彼女は己の眉間を人差し指でつつきながら、

「君が気を悪くするのはおかしいよね?」

 そう言って薄く笑んだ。

 それは本心からの笑みであろうが、<本物>ではない。そのことにすら苛立ちを覚えて、大人げなくも声に感情が滲む。

「誤魔化すな」

「誤魔化してなんかないよ。僕が気が合わないって思う理由はね、そうだなぁ……見解の相違ってヤツかな?」

「見解の相違?」

「そう、君と僕とは、あまりに考えが、生き方が、行動が違い過ぎるんだよ」

 そう語る彼女とは、つい先日に出会ったばかりだ。俺の生き方など、考えなど、わかるはずがないのにそれは確信――否、断定をもって告げられた。

「だから、君と相対することは僕には苦痛でしかない」

 苦痛。

 口内で強く舌を噛んで、ぶつけてしまいそうな痛みを砕く。

「しかし、人間ってのはそんなもんだろ? 皆違うのは当たり前で、どんな正反対の人間でも仲良く、とまではいかんでも、付き合ってかなきゃならねえときだってある」

 <あの時>のように。苦しみを己の存在総てで抑え込んでいた、あの時のように。

「気が合わない、って理由だけで、友達ならまだしも教師を弾いてたらこれから先生きてけねえぜ?」

「折り合いをつけろって?」

 笑声(こえ)はなかった。けれどその顔には確かに、嘲笑が浮かんでいた。

「そんなものがつけられるなら、僕はこんなところにいない。君を避けたりもしていない。こんな辛い思いなんかしていない」

「辛い思い?」

 剥がれ落ちつつある仮面を、見つめる。

「君には絶対にわからない辛さだよ。人の気持ちはその人にしかわからないから伝えてくれなきゃわからない、そんなセリフ最初に誰が言ったか知らないけどね、伝えることで心に傷がつく気持ちだってあるんだよ」

 悔し気に、苦し気に、悲し気に歪む彼女を、抱きしめたくなった。だが、手を伸ばしてしまったら、きっと逃げられる。そうして再び、今度はもっと、捕まえることができなくなる。だから、気づかれないように、拳を握った。

「辛い気持ちを改めて言葉にしてごらんよ。認めたくなくて、それでもそれがシンジツで、受け入れたくないから目をそらしているのに、それを言葉にしてしまったら結局僕にとってもシンジツになってしまう。それがどれだけ辛いことか、君にはわからないだろう?」

 涙など少しも光ってはいないのに、泣いているように見えるその瞳は、雄弁にナニかを訴えかけてきている。それが何なのか知りたいのに、言葉が出ない。

「一方的な言い分だ、自分勝手な言い分だ、悲観的な言い分だ、悲劇の主役のような言い分だ、そう思う?」

 尋ねられても答えられない。伝わる感情に、吞まれそうで。

 脳裏でまた、あの声が響く。

『ごめん』

 嘆く。

『ごめん』

「目を覚ませって殴ってみる? 誰だって辛い、って説教してみる? それこそ一方的な言い分だ、自分勝手な言い分だ、物語のヒーローのような言い分だ。折り合いをつけることを正しくないとは言わない。けれど、このことに関して僕は折り合いをつける気なんか全くない。この気持ちに折り合いをつけてしまったら、僕という存在、僕という存在すべてを否定してしまうことになるから」

『ごめん』

 繰り返されるのは、同じ言葉。

『ごめん』

 謝罪。

『ごめん』

 罪悪感。

 そして、

『ごめん』

 ――微かな、喜び。

「おい。大和斉」

「あ」

 名を呼ばれてようやく我に返った。

 駆け巡った誰かの感情が、強く心臓を打ち鳴らしている。

「悪い」

「もしかして聞いてなかったの?」

「いや、聞いてたよ。お前の熱弁」

 気づかれぬよう、息を整える。

 俺が茶化したように聞こえたのか――茶化したつもりはないが、己を取り戻すために軽口で返した自覚はある――沈黙がしばらく続き、

「で、僕が君を避ける理由は納得できた?」

「おう、納得した」

「よかった。じゃあ早く授業に戻りなよ」

 犬でも追い払うように振る彼女の手を掴まえる。想像よりも細いその手首に跡がつくくらい、強く握った。

「な、なに……?」

 彼女の仮面はもう外れていた。その表情に嫌悪は見えない。ならば――俺と面と向かって相対することが辛いというのならば、慣れてもらおう。

「ショック療法だ」

 俺はお前を想わずにはいられないのだと、この数日で思い知ったのだから。

 せめて、近くに。


 ――to be continued...
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