例えばセカイが変わっても、

□例えばソウイを聴かせられても、
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「そういえば最近は見てないかも。あっ、それも斉センセーが来たくらいからじゃない!?」

「あー……確かにそうかも。先生の授業以外でも読んでないなぁ。ちゃんと板書写してた」

「ああ……にっしー驚いてたもんね。いつも『読めてもノートくらいとれ!』って怒ってたから」

「へぇ、あいつ古典できるの?」

 意外だった。やはり態度から、成績も芳しくないのだろうと思っていたし、何故だか強く『この環境であいつが勉強するわけねえ』と思い込んでいたから。

「うん。古典って言うか古文かな? 前に手ぶらで訳してた。オリジナル色超強かったけど」

「英語もだっけ?」

「そうそう、三園(みぞの)先生が感心して、黒板に英文書かせたら散々だったっていうオチつきだけど」

「be動詞とかめちゃくちゃで、本人読むのはできるから書き上げたときに『暗号か?』って小声で言ってたの聞こえた」

「古典も英語も品詞とか全然できなかったよね。ヒアリングも無理だからホント読めるだけって感じ」

 とにかく本当にできるのは読むことだけらしい。今までの話から推測すると、彼女は洋書も読んでいたのかもしれない。そこまで執着していた<読む>ことを、なぜ突然やめたのか。そこに俺と出会ったことが関わっているのだろうか。

「ねえ斉センセー」

 考え込んでいた俺を引き戻したのは粟木だ。

「ん? どうした?」

「この学校に来たときから新里さんばっかり気にしますよね」

「まあ、ああいう奴だからなぁ」

 と誤魔化すように苦笑すれば、粟木は唇を尖らせた。

「私たちもセンセーの生徒なんですけどー」

 そうだそうだー、と粟木に便乗する生徒たち。

 露骨だったか、と胸の裡で反省し、人差し指で頭を一掻きした。

「わかってるよ。お前らのこともちゃんと見てるから。このあいだ、粟木が理科室の椅子を整理してくれたのも知ってるし、坂下が数学の小テスト頑張ったのも知ってる。和多留(わたる)は漢字に強いから漢検受かろうと頑張ってるのも、青海田(おうみだ)がピアノのコンテストで三位に入賞したのも知ってるよ」

 俺の言葉に、一様に驚いた顔をする生徒たちに、心外だなと肩を竦める。

「なんだよ、一応俺も教師なんだから生徒のことくらい知っておかんといかんだろうが。けどな、あいつのことだけは全然わかんねえんだよ」

 教師――主に西城先生――に注意されているところを幾度か見たことあれども、その他で誰かと話をしているところを見たことがない。個人表にも目を通してみたがこれといった情報はなく、誕生日が十日違いだという発見があっただけだった。

「んっとに参ったよ。ちょっといい加減本気で捕まえてみるかな」

 小さく呟いたと同時に、始業ベルが鳴る。次の授業がない俺はともかく、粟木たちを遅刻させるわけにはいかない。鳴った時点で遅刻決定ではあるが、教師側も――余程厳しい教師でもない限り――鳴ったと同時に着席しているとは思っていないから多少の猶予はあるだろう。

「ほれ、教室戻れ」

 しっしっ、と手で追い払うようにして、「はーい」と聞き分けよく言いつつも渋々去って行く背中を見送る。粟木たちが廊下から消えたのを確認してから、理科準備室へと向かった。

 途中、窓から見えた教室にあいつの姿を見つけ、溜息を吐く。

「いっそ嫌ってくれたなら、好かれるためと近づけるのに」

 お前はすべてを隠すから、なにを暴けばいいのかわからない。

 少しでいい。

 お前の心を俺にくれ。

 そうしたら俺は――。

 俺は――?



 ――to be continued…
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