例えばセカイが変わっても、
□例えばソウイを聴かせられても、
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彼女は徹底的だった。それはもう呆れるくらい徹底的だった。宣言通り、俺の授業にはもちろん朝も夕もホームルームには顔を出さず、すれ違っても長い髪で顔を隠し足早に去って行く。たまに目が合えば、感情を削ぎ落した視線を責めるように突き刺してきて、けれどどこか不安定さも垣間見え、その理由を訊ねたくても彼女は俺の呼びかけに振り向いてさえくれない。
そんなもどかしい日が続いていたある日。理科準備室へと戻る途中の廊下で、特に用のないらしい生徒たちに捕まり、たわいもない話に相槌を打っていると、目の前を彼女が通った。声をかけようにも周りの生徒たちを押しのけるわけにもいかずタイミングを失い、遠くなっていく背中を視線だけで追いかける。そんな俺に気がついた生徒の一人――クラス委員長の
粟木しずくだ――が、倣うように彼女の去った方を一瞥してからぽつりと言葉を落とした。
「なんか、新里さん暗くなったよね」
「暗くなったって、性格がか?」
思わず訊ねれば、俺が興味を示したのが嬉しいのか、粟木は話の内容には相応しくないほど明るい笑みを浮かべた。
「ううん、私そこまで新里さんと仲良くないし。暗いっていうのは、態度のことです」
「態度?」
さほど変わったとは思わないが、そもそもあの日以来接触していない俺に変化がわかるわけがない。もう少し詳しく話を聞いてみると、どうやら俺の知る彼女と周囲の彼女に対する印象には相違があるようだった。
「前は姿勢とかめっちゃよかったし、まっすぐ前向いて歩いてたよね」
ね、と粟木は左右にいる友人に同意を求める。
「うんうん、歩幅とか広かったし、歩くのも早かった」
「たらたら歩く印象ってなかったよね。初めて見たときびっくりしたもん」
「あー、わかる! 授業中とかあんなだるだるしてるのに、歩いてるときはなんかこう凛としてる感じ」
「顔もきりっとしてたよね」
まっすぐ前を見て歩く、凛とした人間。
俺がここ数日見つめ続けた彼女はいつも俯いていて、表情は長い髪に隠れ見えなかった。粟木たちと同じく、俺は今の今まで彼女のことを、あの日のホームルーム同様普段も億劫そうに動くのだろうと思っていたのだがそうではないらしい。
けれど、
けれどその凛とした姿が容易に頭に浮かんで、
違和感などなく、
「ああ、それがお前だ」なんて、思ってしまうのは何故だろう。
「なんか、原因とか心当たりないか?」
彼女が消えた方角に再び目をやりながら、言葉だけを粟木たちに向ける。視界の片隅に映る粟木が、眉根を寄せた。
「えー? あっ、先生がきてからかも!」
ちくり、と。
「ロッキーのときも朝のホームルームは遅刻することもあったけど、帰りのホームルームにはいたもんね。寝てたけど」
「授業もサボったりしなかったし、あんまり」
「男子が言ってたけど、新里さんがサボるときはだいたい分厚い本を読み終わったあとだって」
「分厚い本?」
今まで俺が見てきた彼女が、本を持っている日はなかった。勉強嫌いから、読書も敬遠しているのだろうと思っていたが、そういえば轟先生たちも授業中何かを読んでいたと言っていた。それも俺が関係しているのか、それとも俺が見かけないだけで他で読書に勤しんでいるのだろうか。
思いつめたように。
苦しそうに。
たった、独りで。
「俺、あいつが本持ってるとこ見たことねえけど」
感情と想いの波に耐えきれず口に出せば、視線の合った粟木が首を少しだけ傾げた。