例えばセカイが変わっても、

□例えばスガタを追いかけても、
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「彼女は、いません」

 きゃー、という数人の高い声が上がる。

 轟先生が、肘で脇腹をつついてきた。

「モテますね、大和先生」

「珍しいだけですよ」

 好意を持ってくれるのはありがたいが、憧れ、物珍しさ、程度に留めておいてくれるとなおありがたい。強ばりそうな笑顔を誤魔化しつつ、続けていく。

「歳は、二十六です。好きな食べ物はチーズです」

 特にクリームチーズが好きだ、というのは別にいらない情報か。

「ジャージの理由は、今朝会った初対面の人に、不意打ちで鳩尾を蹴りつけられ、水溜りの中に倒れてしまったからです」

 ここまで言えば、なにか反応があるはずだ。

 期待を込めて見てみるも、新里の視線は変わらず窓の外。

「えー? センセーよわーい」

「不意打ちだったから」

「初対面って、本当はどっかで会ってんじゃないのー?」

「いや、本当に初めて。名前も顔も知らない女だった」

 名前を知った今も、思い当たる人物はいない。

「女って、あやしーぃ」

 怪しいもなにも、そこに本人がいるのだから真相を聞いてみればいい。俺自身、聞きたいことはいくつかあるが、今ここで聞こうもんならたぶん、また殴られてしまうだろう。

「センセー、さっきから新里さんばっか見てるー」

 どきり、と心臓が跳ねた。

 しまった、見過ぎたか。

 内心冷汗をかきつつ、なんと言い訳しようかと思っていると、

「新里さんが美人だからって、センセー目ぇつけんなよ!」

「そうだ! 新里さんはおれ達のオアシスなんだからな!」

「あー?」

 美人。

 オアシス。

 その単語を踏まえて、新里の方を見てみた。やはり後頭部しか見えないので、確かめようがない。

 仕方がないので今朝の記憶を頼りにすれば、確かに美人だったような気がする。オアシスには賛同しかねるが。

「まあ……心配しなくても、御覧の通り、新里さんは俺に興味ないみたいだからなー。確かに、<いいオンナ>だとは思うけどな」

 いい性格の女、を略せばあら不思議、褒め言葉へと早変わり。なんて心の中で呟いていると、当の新里がおもむろに手を挙げた。

「先生……」

 やばい、バレたか。

 もしやまた殴られるのだろうか。いや、そう何度も殴られてやるものか。出席簿を盾代わりにすれば、一発目は確実に防げる。

 よし、いつでも来い。

 と身構えるもしかし、

「保健室に行ってきます」

 新里は静かにそう言うと、教室を出て行った。

「俺、まだ返事してないのに」

 轟先生がポツリと呟いたが、俺はそれどころじゃない。

 アイツは俺の目を一度も見ることなく、俺の気持ちを少しも受け止めることなく、まるで見えていないように、出て行った。今すぐにでも追いかけたくてたまらない気持ちを、教卓を掴む手に力を込めて抑える。

 そんな俺をどう思ったのか、轟先生が申し訳なさそうに言った。

「なんかすんません」

「いえ……」

「せーんせーどんまーい!」

「俺たちのオアシスはそう簡単に水を飲ませちゃくれないぜー!」

 やんややんやと騒ぎ立てる生徒たちに苦笑を返して、<質問コーナー>とやらを再開した。

 もしかしたら戻ってくるかもしれないと小さく期待をしていたからか、度々扉へと流れる視線をまたしても指摘されてしまう。その度に「新里さんの体調が気になって」と誤魔化した。

 どうしてこんなに気になるのか、自分でもわからない。

 早く戻ってきたらいいのに、とばかり脳内が叫ぶ。

 しかしホームルームが終わるまでに、新里千里が保健室から戻ってくることはなかった。



 ――to be continued...
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