例えばセカイが変わっても、

□語るはハジマリの悲劇と、
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 裏切られたことが、悲しいわけじゃない。悔しいわけじゃない。ただ、ただ――。

「なんでお前が……忘れたのかよ!」

『アルト、祝福されなくても、誰にも言えなくても、ずっと一緒にいような。約束だ』

「約束……っ、しただろ!!」

 怒りの勢いに任せ、兵士たちを振り払った。部屋の入口で立つアルトに掴みかかり、前後に大きく揺さぶる。

「俺たちはずっと一緒だって! ずっとずっと一緒だって!」

『ああ、僕たちはずっと一緒だよ……。ずっと、ずっと一緒だよ』

 揺さぶった勢いで触れる首筋の体温は、つい先刻と変わりないのに現状だけが大きく違う。お互いの距離が、遠くて、遠くて。

「どうして!」

 いっそ、喉が裂ければいいと思った。

「どうして裏切ったんだ! アルト!」

 裏切られたことが、悲しいわけじゃない。悔しいわけじゃない。ただ、ただ――。

「うんざりだったんだよ、こんな関係」

 お前の心が離れてしまったことが、それに気づかず一人幸せに浸っていたことが、悲しくて、悔しくて、腹がたって、落胆した。

 たった独りで戦うアルトの唯一の拠り所であるのだと、自惚れていた。

 親友という名前まで失わせてしまうほど、処刑の道を選択させてしまうほど、追い詰めていたことに気がつかなかった。

 俺だけが幸せで、アルトには無理をさせていた。

 なんて浅はか。なんて愚か。なにが恋人だ。なにが運命だ必然だ奇跡だ。こんな結末を迎えるくらいなら、一方通行のままでいればよかった。この想いを秘めたまま、隣に立っているだけで満足していればよかったのに。

「は……はは」

 後戻りなどできない。時は巻き戻せない。そんな当然のことが、おかしかった。

 立っていることもままならず座り込んだ俺の両脇を、兵士たちが抱え引きずるように歩き出す。連行されるのだろう。俯いた俺の背にかけられる声はなく、乗せられた馬車の中から一度だけ屋敷を仰ぎ見た。何が変わったわけでもないのに、まるで玩具のように空っぽな印象。

 ガタリガタリと揺れる馬車。ふと気になって、兵士のひとりに訊ねる。

「あいつは……どうなるんだ」

「決まってるだろ」

 告発したのがアルト自身なら、処刑は免れるのではと思ったのだが、その願いはあっさりと叩き落された。

「狂ってる」

「貴様らがな」

「はは」

 そのとおり。

 俺はきっと狂っている。

 せめて共に逝けることが、嬉しいだなんて思うのだから。

「ああ、父上にも言われたっけか」

 ――お前は人の心を持たない<化物>だ、と。





 そんな<化物>の願いなど聞き届けられるわけもなく、俺たちはクメルの計らいにより処刑を免れた。どうやらクメルに求婚していた人間が王族の血筋で、求婚を受けるからこの件をなかったことにしてほしいと頼み込んだらしい。さすがに禁忌を犯したお咎なくそれまでの生活に戻るというわけにはいかず、俺は国境付近の自分の領地への軟禁、そしてアルトは当主権も領主という地位も取り上げられ、クメルの監視下におかれることとなり俺の屋敷(実家)へと移ることが決まったが、それでも異例過ぎるほど異例で、特例過ぎるほど特例過ぎる恩赦だった。アルトへの処遇に対して俺が領地も地位も取り上げられなかったのは、<王族の一員となるクメルの弟>だからだ。そのため即座に<俺について>の緘口令も布かれた。

 刑を言い渡された日。俺はアルトと久々に顔を合わせた。こんなことになろうとも俺の気持ちは変わっていなかったが、彼のほうはもうとっくに俺など心にないだろう。

 アルトが何を思っているのかわからない。唇を引き結ぶ彼の表情に感情はなく、無性にもどかしい。なんとか少しでも反応が欲しくて、投げつけた言葉は酷いものだった。

「クメルに礼を言え。お前のせいだろうが」

 引鉄を引かせたのは、他の誰でもない俺なのに。

「ありがとう、ございます」

 そう言って、クメルに頭を下げるアルト。声色にすら心が窺えない。まるで生き残ったことを悔いているようだ。否、もしかして、お前は、俺を――したかったのか。

 いっそそうなればよかったのに。

 いっそ、そうしてくれれば、よかったのに。



 ――to be continued...
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