例えばセカイが変わっても、

□例えばオモカゲで冒されても、
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「大和斉」

 情けない俺の思考を遮るように名を呼ばれ、表情には出さず我に返る。一瞬の間を誤魔化すように呆れた表情を作った。

「相変わらずフルなのな」

「これ、半分ずつにしてくれるよね?」

 これ、と指したのは、彼女が選んだ『レモンとハーブのチキンソテー』と、俺の選んだ『トマトソースのチキンソテー』。どうやら俺がそちらにも心惹かれていたのを気づかれていたらしい。<俺>が見られていたという事実に、落ちかけていた気分はいともたやすく浮上する。ああ、なんて現金。

 仕方ねーなー、と嘯きながら提案――というより言葉選びからして強制だ――を承諾し、店員を呼ぶ。

「はーい、ご注文をどうぞ〜」

 やってきたのは、見るからに自身の可愛さを理解し利用しているような女性だった。おそらくは十代。少女と呼ぶべきか女性と呼ぶべきか悩むところだ。

「何にしますかぁ〜」

 と視線を寄越す店員の声は不愉快な猫撫で声で、俺が苦手としているタイプの人間であることがすぐにわかる。心の動きを一切伝えないように配慮し、出来得る限りの感情を押し殺した義務的な声で注文品を伝えた。

「は〜い、ではご注文繰り返します〜。レモンとハーブのチキンソテーとトマトソースのチキンソテー、どちらもドリンクセットのアイスコーヒーで〜、モンブランお二つですね?」

「いや、モンブランは一つ……」

「やだ、ごめんなさぁい。私物覚え悪くってぇ」

 どうやら空気すら読めない厄介な相手に当たったらしい。店員は少しも申し訳なさそうな素振りを見せず、ニコリと笑顔をこちらに向けて首を少し傾けた。可愛さを演出しているのだろうが、心は微塵も揺り動かされることはない。

「ではすぐに持って参りますねぇ?」

 パタパタと遠ざかる足音を聞きながら、できれば注文品を持ってくるときは別の人であることを願った。経験上、その願いが誰に聞き届けられることもないとわかっていながらも。

「き、君さ……」

 突然かかったあまりに気まずそうな声を不思議に思って彼女を見やると、彼女は表情を強ばらせて不格好な笑みを浮かべていた。その笑顔に、どこか既視感を抱く。

『君がどんなことをしようがどうも思わないけれど、君のソレだけは怖いからやめて』

 瞬間、頭に閃く男の声。今回のきっかけは恐らく彼女の笑顔。男の正体に皆目見当もつかない今、繋がるはずのない二人でどうして連想させるのか。

 そっと彼女の頬に手を伸ばす――既視感はない。

 指の間に挟んでみる――既視感はない。

「顔、どーにかしろ」

 無反応な脳裡になんだかどうにも馬鹿馬鹿しくなって、八つ当たりするようにそのまま指を捻った。「いひゃい」と漏らされた声に大人しく指を放してやる。

「いや、だって……、君、ああいうオンナ」

 彼女は頬を擦りながらそこまで言うと、口を噤んだ。あえて閉じたというよりも、何を言っていいかわからないといったようすだ。しかし肝心の部分はバレているようなので、取り繕うこともなく素直に感情を表に出す。

「俺あーいうの無理。つーかまず、仕事を放棄する時点で無理」

 手段を選ばないその姿勢が、あの悪夢に重なるから。

「仕事に関しては君より放棄はしてないと思うけど」

「接客業と教師は違うだろう」

「どっちかって言えば、教師のほうが問題だと思うよ」

「お前は店員の肩もつのかよ」

 むっとするも、彼女は少しもアンフェアに傾くことなく。

「別にもってるわけじゃないけど、ヘンケンを挟みたくないだけだよ」

 それでもやはり、心は俺に寄り添っていてほしいと思うのは贅沢だろうか。一応もしかしたら彼女の<ライバル>かもしれない店員に、敵意のひとつも持ってもらえないというのは寂しい。

「とにかく! どっちにしろ俺はあーいうのは無理なんだよ! 今まで付き合った女も――」

 墓穴を掘った。

 ――いっちゃん!

 思い出したくもない記憶が引っ張り出され、こみ上げる澱みに脳が冒され始める。消したい記憶は未だベッタリと張り付いたままで、少しも薄れることはない。

「オンナと、付き合ったこと、あるんだ?」

「付き合ったっつーか……、成り行きっつーか……」

 ――お似合いじゃん! 付き合っちゃいなよ!

「不誠実、だね」

「傍から見ればそうかもしれんな」

 不誠実。無責任。その言葉が当時の俺にとって、どれほど羨ましいものだったか知る由もない彼女の言葉。どう思われようとも、この先俺がこのことについて彼女に語ることはないだろう。だから俺はそれ以上この話題に自ら触れることはなく、沈黙を選んだ。

 ――to be continued...
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