例えばセカイが変わっても、
□例えばワガママに握っても、
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「ここは?」
「展望台」
らしい。夜景スポットだが、景色さえ堪能できれば朝だろうが夜だろうがかまわないし、正直言えば俺は彼女がいればどこでもいい。
「もしかして、ここに今から行くってんじゃないだろうね?」
胡乱気な目だけをこちらに向ける彼女に、「何言ってんだ」と目を瞠る。
「行くに決まってんだろ」
「夜景ってさ君、今まだ午前だよ? こんな早くから呼び出しておいて、夜まで引っ張り回すつもり?」
ああ、その手があったか。と、古臭く頭上で電球がぴかりと光るが、この展望台の場所を考えるとやはり夜景は見られない。ここで夜景を見るとなると、帰りは翌日になってしまうからだ。教師と生徒という立場を抜きにしても、流石に<初デート>で外泊は避けたいし、彼女が頷くわけもない。
「なにも夜じゃなきゃいけねーってこたぁねーだろ。誰が決めたよそんなの」
「夜景スポットのページ見て決めたくせによく言うよね」
はーあ、とこれ見よがしに首を振りながら盛大な溜息を吐くので、大人げなくもムッとして言い返す。
「っせーな。お前ちょっとは口減らせ」
「じゃあ君はちょっとお
頭の容量増やしなよ」
「口の減らねー奴だな」
「お頭の弱い奴だね」
ああ言えばこう言うやり取りに、お互い睨み合って数秒。
「ふっ」
「はっ」
どちらともなく、笑声を零した。ふふふ、と可笑しそうに浮かべるそれは、俺が彼女と出会って初めて見る笑顔だ。
愛おしい。
そんな感情が不意に胸を突きあげ、眼球の奥が潤む。今にも泣きそうになる表情を隠そうと、彼女が視線をこちらに向ける前に旋毛を覆うように手を置いた。それなのに、触れた頭や髪から再び<愛おしい>という気持ちが溢れだしそうになる。その想いはすでに彼女の頭を滑る掌に現れていて、せめて少しでも誤魔化すことができればと叩くように撫でた。
「な、なに?」
俺の突然の行動に戸惑い身体を強張らせる彼女に、俺は言う。
「お前、俺と会ってまともに笑ったの、今が初めてだぜ?」
「え……?」
今初めて気がついたかのように、俺の手の重さをものともせずに顔を上げた彼女は、目を丸くしてふらりと眼球を動かした。出会ってから今までを思い返しているのだろう、「あー……」と機械的に音を出したと思えば、「あ」と短く切って今度は苦笑を浮かべた。先程の、まるで蒲公英の綿毛のようなふわりと優しい微笑みとは違うけれど。
「お前はやっぱり、笑ったほうがいいな」
ぽろりとこぼれた本心に、彼女は悔しそうに唇を噛んだ。
「君の笑顔は獣みたいだよね」
「照れんなよ」
べしり、と叩き落された手を振りながらニヤリと笑えば、苦々し気な瞳が返る。もうしばらくはあの笑顔を見ることはできないだろう。残念だが無理強いすればするほど見るチャンスが減っていくことは火を見るより明らかなので、ここは大人しく引き下がろう。
「まあ、とりあえず、これ買って出ようぜ」
ぽん、ともう一度だけ彼女の頭を撫で叩いて、ガイドブックを手にレジへと足を向ける。
瞬間、ふ、と背筋を悪寒が奔った。立ち止まり、振り向いて――嗚呼。
『ほら、また繰り返すところだった』
そんな脳裡の声に動作に出さずに頷き、こちらを向いたまま立ち止まっている彼女に手を伸ばす。
「なにしてんだ? 来いよ」
ゆらり、と。
ふらり、と。
暗示にでもかけられたかのように差し出され重ねられた彼女の手を、ぎゅっと力を籠め指の中に閉じ込める。
離さない。
放さない。
こいつがどんなに嫌がっても、絶対に。
それはケツイでもカクゴでもなく、ただのワガママだ。
ワガママでしかない。
けれど。
『それでいい』
出合ってから初めて、<声>が満足そうに笑った。
――to be continued...