例えばセカイが変わっても、
□例えばリユウが違っても、
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「なんだよ。悪いのか?」
ナンパなんてしてはいないが、言い訳する必要もないだろう。どうせ言い訳したところで、この頑固者が簡単に信じるわけがない。理不尽に責められるのは慣れているし、かみつくタイプの人間には黙っておいたほうが事が早く済む。
さあ、いくらでも罵るがいい。
「個人の自由だね」
「……は?」
え。
ちょっと、ちょっと待て。
ならなんで俺、叱られた!? 殴られた!?
「けれどもそれも人による」
自信満々に言い放つ彼女に、興味本位で尋ねてみる。
「たとえば?」
「恋人がいる人間がするナンパは悪い!」
恋人。
彼女の口から放たれたその単語に、何故だか不愉快な気持ちになって眉を顰めた。
「なんで俺に恋人がいると思う?」
「あ」
しまった、という表情だ。
もしや、大学時代の関係者かと一瞬ヒヤリとしたが、そうしたら最初から名乗るくらいはしているだろう。
「いないの……?」
彼女は、今までと打って変わって自信なさげに、上目遣いで俺を見上げた。
答えはもちろん「是」。
しかし、どちらかと言えば、だ。
いくら何も言わず消えたとはいえ、もう四年も会っていない。あいつもいい加減、俺のことは忘れただろう。いや、どうか、忘れていてくれ。
そんな願いを込めるように、
「いない」
返ってきたのは溜息だった。
だからってナンパするなよ、と呆れたのか、それともいい歳して、と憐れまれたのか。どちらにせよ、大きなお世話というものだ。
「この歳で恋人もいないことを、お前に憂えてもらう覚えはない」
「え、君、何歳なの?」
どうやら予想とは違ったらしく、彼女は目をぱちぱちとさせた。
「俺は、
二十六歳だ」
引っ越しだ異動だのごたごたに紛れて、つい先日新たに一つ重ねた歳。
「なんだ、普通じゃないか」
もう結婚して子供もいなければならないころだな、と漠然と思っていたのだがそうではないらしい。彼女はきょとんとしている。
苦笑い覚悟で言ったのに、拍子抜けだ。
次は何を言われるだろう。
まるで期待しているかのような、そんな明るい気持ちで彼女を見つめた。
しかし彼女は目を伏せしばらくすると、
「ナンパも程々にしとけよ」
なんて言いながらひらひらと手を振って、歩き出してしまったのだ。
え!?
予想もしなかったタイミングでの別れ。
あまりに予想外なので少しのあいだ動けずにいたが、我に返って追いかけようと一歩踏み出したと同時に、ひんやりとした感触が俺の太ももの裏に当たった。
「あっ」
そうだった、水溜りに倒れてスーツが濡れていたんだった。
「おい! スーツどうしてくれんだ! クリーニング代だけでも置いてけよ!!」
少しでも振り返ってくれないかと叫んでみたが、内容が悪かったのか、ものの見事に無視された。
「あーあー……ジャージ売ってっかなぁ」
とぼとぼと、歩き出す。
同じ場所を目指しているはずの彼女の姿はもう見えない。
「せめて名前だけでも……いや、学年だけでも聞いときゃよかったなぁ」
それはきっと、クリーニング代をせびりたいからだ。
他に理由なんて、ありはしない。
――to be continued...