僕はオトコに生まれたかった。

□僕らはゲンセに産まれ出会った。
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 遠ざける必要もなくなったので、翌日一番に、僕は多川仁意に声をかけた。

 歩く背中へ名前を呼ぶと、多川仁意は驚くほどの速さでこちらを振り返った。

「に、新里……?」

「おはよう、多川仁意」

 言葉に少し笑みを乗せれば、多川仁意はみるみる内にその瞳を波に浮かべる。

「もう、もういいのか……?」

 恐る恐る、といった風にかけてきた言葉から、多川仁意は本当にあの言葉の真意を汲んでいたらしい。熱くなる胸の内を隠したまま、小さくこくりと頷いた。その瞬間、

「うわああああん!」

「うおっ!?」

 子供のように泣き声を上げながら、多川仁意は僕へと突進してきた。反射的に腰を落として受け止める。体格差で少しばかり後ろへよろけたものの、なんとか踏ん張り耐えた。

「俺、俺……新里を本気で怒らせちゃったんじゃないかって……」

「いや、だって君、濡れ衣だったじゃないか」

 仮にもし、本気で僕が怒っていたとしても、それは濡れ衣なのだから泣く必要などないだろう。悪いのは俺じゃない、と堂々としていればいい話だ。

「ぞう、なんだげど」

「僕を信じていなかったのか? それとも僕があんなものに騙される阿呆だとでも?」

「ぢ、ぢがうげど……やっぱ、ちゃんど確認じだいだろ」

 それでも確認できなかったのは、僕の言葉が一人にしてほしいという意味なのかもしれないから。

 あーあ、と洟まで出てきた多川仁意の顔を、先ほど路上で配られていたティッシュで拭ってやる。

 ぐぶ、というなんとも言い難い鳴き声を発してから、さらに多川仁意は続けた。

「あと、新里が、信用してくれたんだって、わかってうれ……じくて」

「あー……また鼻水。僕の制服につけないでよ」

 すでに肩口がしっとり濡れているのだが、それは涙のせいだと思いたい。

 べそべそと泣き続ける多川仁意の両肩を、溜息を吐きながらそっと押すと、さほど抵抗なく多川仁意は僕から離れた。

 目は濡れ、鼻は真っ赤。実に面白い顔だと、思わず笑みが漏れる。

 そんな僕を見て、多川仁意は不思議そうに何度か瞬きしたあと、馬鹿みたいに馬鹿みたいな笑顔を浮かべた。

「新里、なんかすっきりした顔してる」

「だろうね」

 僕は昨日、生まれ変わったのだから。

 ようやく過去の鎖から解き放たれ、自由になったのだから。

 心は今までと違い、晴れ晴れとしていた。あんなに羨んだ青空が、とても近くに感じる。

「多川仁意……君は、僕の大切な友人だよ」

 なんの含みもなく素直な気持ちを吐き出せば、多川仁意は目を丸くさせたあと、くしゃりと笑って言った。

「やっぱ、新里は男らしいな!」

 ありがとう、と言うべきか逡巡して、無言で多川仁意の頭を小突いた。





 さて、と多川仁意を見送ったあと、僕はとある人物たちを校庭裏へと呼び出した。いつかの仁野辺クンと房瓦クン、そして主犯のオンナ――名前は知らない――だ。三人は一様に青い顔をして僕の目の前に整列している。

 なにもそんなに怯えることはないのに。

 と心の内で呟いて、溜息だけを漏らせば、三人揃って肩を跳ね上げた。
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