僕はオトコに生まれたかった。

□僕らはゲンセに産まれ出会った。
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「…………まあ、いいや」

「ひっ」

「…………」

 まあ、いいか。

「聞いたところによると、僕たちの学年だけのグループチャットってやつがあるみたいじゃない」

 三人は声を返さない。ただ黙って、まるで死刑判決を待つような顔で、立っている。

 なにも取って食おうというわけではないし、僕は本来温厚派で、危害を加えられない限りは積極的に動くこともないのだけれど。

 ……まあ、いいや。

「そこで、君たち二人に遭ったことを、包み隠さず流してくれないか?」

「え……?」

 オンナがようやく悲鳴以外の声を漏らした。

 他の二人も、声に出さないまでも怪訝そうな表情だ。それもそうだろう。あのとき、内密にしろと脅し――お願いしたのは僕なのだから。

「もうそろそろ面倒事を収めたいんだ。とりあえず、そういう話を噂としてでも流しておけば、収束するんじゃないかと思ってね」

 僕が内密にしろと言った理由は、暴力をふるったことを隠したいからではない。和多留ゆいに、<いじめ>に反撃し、かつ脅したという事実を知られないためだった。しかし、事態が解決した今、もう隠す必要はない。むしろ、明かしたほうが、被害は減るのではないかと考えたのだ。

「ああ、教師や親にバレると面倒だから、その話はチャット内だけに留めておいてね」

 にっこり笑えば、高速で何度も頷く三人。オンナに至っては、なぜか涙を浮かべている。

 よろしく、と後ろ手のまま手を振って校庭裏をあとにする。聞こえてきたのは、オンナの啜り泣く声だった。

「……まあ、いいか」

 ご機嫌伺いされるより、あからさまに怯えられたほうがこちらとしても、気が楽だ。





 あとは、粟木しずくと和多留ゆいの件なのだけれど、あの二人は放っておくことにした。

 仲を取り持つような真似は、頼まれたってしたくはないし、正直言葉を交わすのも億劫だった。ただ、なにか言いたげにチラチラと寄越される視線が鬱陶しかったので、すれ違いざまに一言だけ投げかけておいた。

「もう君たちとは関わらない」

 謝罪などいらない。そんなものを聞くだけでも反吐が出る。反省も後悔も、ただ己の中でこの先ずっと抱え続ければいい。しないというならそれでもいいが、けれど僕は許しはしない。酷いと罵られても構わない。何故なら僕は、人間なのだから。

 僕が責めたり詰ったり、恨んだりしないことをラッキーと思うほどの救いようのない馬鹿ならば、それこそ僕は関わりたくない。だからそう告げたのだけれど、二人とも何かを堪えるように俯いたから、そこまで馬鹿ではなかったようだ。

 これでようやく、平穏な日々が訪れる。

 心の底から安堵したからか、僕はウトウトと船を漕いでいた。

 もうすぐ深い眠りに落ちそうで、こころなしか目の前にあの時代のライリが手招きしているのが見える。

 ――ああライリ、今行くよ。

「おい!」

 手を伸ばしかけたところで、誰かに頭を平らなもので強く打たれた。

 心地よい眠気を邪魔されたことに苛立って片目を開けると、出席簿を片手に呆れた表情をした大和斉が目の前に立っていた。

「お前……俺の授業なんだと思ってんの?」

 いつの間にやら授業が始まっていたらしい。寄りにもよって今日の生物は移動教室ではないようだ。もし移動教室だったならば、起こされることもなく僕は安眠を貪れたのに。

「授業」

「阿呆」

 すぱーん、と出席簿が額をスライディングした。

 つい昨日、長年の思いを通わせた想い人相手にその態度はないだろう。と思うが、それはそれ、これはこれ。お互い、前世(かこ)の経験から、公私の区別をつけることは容易だ。

『あ、アルト。あのおっさん、面倒だから相手頼むわ』

『はあ!?』

 容易なはずだ。

「新里」

 遠慮なくあくびをして、視線だけでなんだと問う。

「一言言わせろ」

「どうぞ?」

 滲んだ涙を指で掬い取っていると、

≪愛してる≫

 あまりの不意打ちに、指で目を突いてしまった。

 痛みに呻くよりも先に、驚きで顔を上げれば、そこには悪戯が成功したような笑みを浮かべる最愛の恋人。

≪僕も愛してるよ≫

 きっと僕の顔に浮かんだのは、彼と同じ表情(もの)だろう。

「さ、問題児も起きたことだし、続けるぞー」

 何事もなかったかのように授業を再開する大和斉に、さすがだな、と感心しながら窓の外に目を向けた。

 本日、電線に並ぶ鳥は十二羽。

 その内二羽が青空へ飛び立ち、気ままに揺れる雲の隙間を泳いで行く。それを目だけで追いながら、僕は深い呼吸をして、視線をあるべきものへと移した。


 ――End.
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