僕はオトコに生まれたかった。
□僕らはゲンセに産まれ出会った。
1ページ/2ページ
遠ざける必要もなくなったので、翌日一番に、僕は多川仁意に声をかけた。
歩く背中へ名前を呼ぶと、多川仁意は驚くほどの速さでこちらを振り返った。
「に、新里……?」
「おはよう、多川仁意」
言葉に少し笑みを乗せれば、多川仁意はみるみる内にその瞳を波に浮かべる。
「もう、もういいのか……?」
恐る恐る、といった風にかけてきた言葉から、多川仁意は本当にあの言葉の真意を汲んでいたらしい。熱くなる胸の内を隠したまま、小さくこくりと頷いた。その瞬間、
「うわああああん!」
「うおっ!?」
子供のように泣き声を上げながら、多川仁意は僕へと突進してきた。反射的に腰を落として受け止める。体格差で少しばかり後ろへよろけたものの、なんとか踏ん張り耐えた。
「俺、俺……新里を本気で怒らせちゃったんじゃないかって……」
「いや、だって君、濡れ衣だったじゃないか」
仮にもし、本気で僕が怒っていたとしても、それは濡れ衣なのだから泣く必要などないだろう。悪いのは俺じゃない、と堂々としていればいい話だ。
「ぞう、なんだげど」
「僕を信じていなかったのか? それとも僕があんなものに騙される阿呆だとでも?」
「ぢ、ぢがうげど……やっぱ、ちゃんど確認じだいだろ」
それでも確認できなかったのは、僕の言葉が一人にしてほしいという意味なのかもしれないから。
あーあ、と洟まで出てきた多川仁意の顔を、先ほど路上で配られていたティッシュで拭ってやる。
ぐぶ、というなんとも言い難い鳴き声を発してから、さらに多川仁意は続けた。
「あと、新里が、信用してくれたんだって、わかってうれ……じくて」
「あー……また鼻水。僕の制服につけないでよ」
すでに肩口がしっとり濡れているのだが、それは涙のせいだと思いたい。
べそべそと泣き続ける多川仁意の両肩を、溜息を吐きながらそっと押すと、さほど抵抗なく多川仁意は僕から離れた。
目は濡れ、鼻は真っ赤。実に面白い顔だと、思わず笑みが漏れる。
そんな僕を見て、多川仁意は不思議そうに何度か瞬きしたあと、馬鹿みたいに馬鹿みたいな笑顔を浮かべた。
「新里、なんかすっきりした顔してる」
「だろうね」
僕は昨日、生まれ変わったのだから。
ようやく過去の鎖から解き放たれ、自由になったのだから。
心は今までと違い、晴れ晴れとしていた。あんなに羨んだ青空が、とても近くに感じる。
「多川仁意……君は、僕の大切な友人だよ」
なんの含みもなく素直な気持ちを吐き出せば、多川仁意は目を丸くさせたあと、くしゃりと笑って言った。
「やっぱ、新里は男らしいな!」
ありがとう、と言うべきか逡巡して、無言で多川仁意の頭を小突いた。
さて、と多川仁意を見送ったあと、僕はとある人物たちを校庭裏へと呼び出した。いつかの仁野辺クンと房瓦クン、そして主犯のオンナ――名前は知らない――だ。三人は一様に青い顔をして僕の目の前に整列している。
なにもそんなに怯えることはないのに。
と心の内で呟いて、溜息だけを漏らせば、三人揃って肩を跳ね上げた。