僕はオトコに生まれたかった。

□僕はカンショクに微睡んだ。
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「では、その格好の理由について述べなさい」

 授業ですら聞いたことのない口調を用いて、僕へと投げかけられる言葉に、なにも誤魔化すことなく正直に一点だけを返す。

「トイレで水をかけられた」

「お前もトイレ行くんだな」

 ちょっと待て。

 それはいったいどういうことだ。

 僕が人間だと理解していなかったということなのか。

 そう言いたいのを我慢して、まあね、とだけを口にする。

「バケツで?」

「ホースで」

「なんで呼び出されたんだよ」

「理由がいる?」

 む、と気まずそうな表情で黙られると、嘘をついているみたいな気持ちになるが、僕はなに一つ嘘は言っていない。現在においては。

「昨日、僕は数人の生徒に放課後校庭裏に来るよう呼び出されたんだ」

「もしやとは思うが……行かなかったのか」

「いいことが起きないことだけはわかっていたからね」

「それで、その報復ってわけか」

 なるほど、と一人納得する大和斉を尻目に、右肘で机に頬杖をついた。

 開いていた窓からさらさらと風が流れて、僕の前髪を小さく揺らす。その匂いと、風の感触が透き通るように気持ちよく、当然のごとく瞼が重くなった。ふああ、と遠慮なしにあくびをする。

「眠いのか?」

 少し笑みを含んだ声に首だけを縦に振って、目の前のオトコを手で呼び寄せた。

「はっ」

 吐き出すような笑い声と、キャスターの転がる音。

 傍に温かな存在。

 あの頃に、どこまでも求めた存在が、今確かにここに在る。それはあまりに幸せなのに。まるでちぐはぐ。ボタンを掛け違えたかのように、しっくりとこない。それは僕が何かを忘れているからか、僕と大和斉の距離感が正しいものではないからか。

「ねえ、大和斉」

「んー?」

「君は今、幸せ?」

 瞼が開かない。僕は今何を口にしていて、それが何を意味しているのか、愚鈍になりはじめた脳内では正しく理解できなかった。

 微睡みの中、聞こえた声は。

「いいや」

 ああ、違うのか。

 ――よかった。

 最後に残った思いは、心無いものだった。



『おやすみ――』



 こめかみに柔らかな感触。

 僕の頬を、涙が伝う。


 ――to be continued...
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