僕はオトコに生まれたかった。
□僕はゲンジツを反射する。
2ページ/2ページ
今の僕の小指に、傷跡はない。それなのに、まだ傷ついてもいないうちから、こんなにも胸を痛めてくれるだなんて。こんなにも優しく、僕の手に触れてくれるだなんて。
あまりにも贅沢。
あまりある幸福。
「十分だよ……、君が傍にいてくれるだけで、僕には十分すぎるほどだ」
あの痛みに塗れた時間、ただ君が傍にいないことだけが辛かった。君の傍にいられないことだけが、辛かった。
どれだけ君の姿を探しただろうか。
どれだけ君の残像を視ただろうか。
どれだけ君の姿が夢で安心しただろうか――。
ふと、違和感が思考を駆け抜けた。
それが何かを反芻する前に、耳に届いた微かな声がその正体を消し去った。
「……か?」
「え?」
俯いて、弱々しい大和斉の声。
いったい何を言おうとしているのだろうと、真剣に耳を傾ける。
「のこと……か?」
「は?」
小さく聞こえてきた言葉が信じられなくて、あえてもう一度聞き返した。
けれどそう、現実は、容赦なく、反射するのだ。
「俺のこと、好きか?」
僕は僕の指先をひったくるように大和斉の手から取り返して、その勢いのまま大和斉の頭へ拳骨を落とした。
「い……ってえ!」
「なに今の? もしかして最初からコレ言わせるための布石だったの? 全部嘘だったの? 僕に<好きだ>と言わせるためのパフォーマンスだったってことかな?」
笑顔で二発目を投下した。
「ちょ、ちょっと待て! 落ち着け!」
「僕はいつでも落ち着いてるよ、十分に落ち着いてる」
「違うんだ! 今のはちょっとした出来心っていうか、それまでのもちゃんとした本心だから! 今、本当にお前が好きだって思ったら、急に聞きたくなったんだよ! 悪かった! タイミング間違えた! だからその拳骨しまえって!」
表情や声の焦りようからみて嘘ではないらしいけれど、僕は三発目を振り下ろすことにした。
痛い、と大げさに頭を抱える大和斉に溜息を吐きつつ、気づかれないように苦笑する。
――不意打ちだよ、馬鹿。馬鹿ライリ。
震えそうになる唇を隠すように、わざと大きな動作で椅子に腰かける。がちゃん、と背もたれが机に当たった衝撃が背中に伝わったけれど、おかまいなしに踏ん反り返る。
お詫びとばかりにインスタントコーヒーを差し出してくる大和斉を睨みながら、僕は言った。
「とにかく、これから僕のすることに口出しは無用だ」
「了解」
やけに物わかりのいい返事に、僕は虚を衝かれて言葉を詰まらせた。
「<俺のせい>はもう終わった。これからは<お前がやった結果>だ。だから俺は、」
大和斉の<いつもの声>に自然と頬が緩んだ。
「お前を信じるだけだ」
その意味ありげな笑み。
その自信満々な瞳。
その根拠のない決定事項。
懐かしい感覚。
渡ったバトンを確かに受け取って走り出したような。
だから僕は返した。
意味ありげな笑みを。
自信満々な瞳を。
根拠のない確定事項を。
懐かしい感覚を。
『任せてよ、僕を誰だと思ってるの?』
――to be continued...