僕はオトコに生まれたかった。

□僕はゲンジツを反射する。
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 今の僕の小指に、傷跡はない。それなのに、まだ傷ついてもいないうちから、こんなにも胸を痛めてくれるだなんて。こんなにも優しく、僕の手に触れてくれるだなんて。

 あまりにも贅沢。

 あまりある幸福。

「十分だよ……、君が傍にいてくれるだけで、僕には十分すぎるほどだ」

 あの痛みに塗れた時間、ただ君が傍にいないことだけが辛かった。君の傍にいられないことだけが、辛かった。

 どれだけ君の姿を探しただろうか。

 どれだけ君の残像を視ただろうか。

 どれだけ君の姿が夢で安心しただろうか――。

 ふと、違和感が思考を駆け抜けた。

 それが何かを反芻する前に、耳に届いた微かな声がその正体を消し去った。

「……か?」

「え?」

 俯いて、弱々しい大和斉の声。

 いったい何を言おうとしているのだろうと、真剣に耳を傾ける。

「のこと……か?」

「は?」

 小さく聞こえてきた言葉が信じられなくて、あえてもう一度聞き返した。

 けれどそう、現実は、容赦なく、反射するのだ。

「俺のこと、好きか?」

 僕は僕の指先をひったくるように大和斉の手から取り返して、その勢いのまま大和斉の頭へ拳骨を落とした。

「い……ってえ!」

「なに今の? もしかして最初からコレ言わせるための布石だったの? 全部嘘だったの? 僕に<好きだ>と言わせるためのパフォーマンスだったってことかな?」

 笑顔で二発目を投下した。

「ちょ、ちょっと待て! 落ち着け!」

「僕はいつでも落ち着いてるよ、十分に落ち着いてる」

「違うんだ! 今のはちょっとした出来心っていうか、それまでのもちゃんとした本心だから! 今、本当にお前が好きだって思ったら、急に聞きたくなったんだよ! 悪かった! タイミング間違えた! だからその拳骨しまえって!」

 表情や声の焦りようからみて嘘ではないらしいけれど、僕は三発目を振り下ろすことにした。

 痛い、と大げさに頭を抱える大和斉に溜息を吐きつつ、気づかれないように苦笑する。

 ――不意打ちだよ、馬鹿。馬鹿ライリ。

 震えそうになる唇を隠すように、わざと大きな動作で椅子に腰かける。がちゃん、と背もたれが机に当たった衝撃が背中に伝わったけれど、おかまいなしに踏ん反り返る。

 お詫びとばかりにインスタントコーヒーを差し出してくる大和斉を睨みながら、僕は言った。

「とにかく、これから僕のすることに口出しは無用だ」

「了解」

 やけに物わかりのいい返事に、僕は虚を衝かれて言葉を詰まらせた。

「<俺のせい>はもう終わった。これからは<お前がやった結果>だ。だから俺は、」

 大和斉の<いつもの声>に自然と頬が緩んだ。

「お前を信じるだけだ」

 その意味ありげな笑み。

 その自信満々な瞳。

 その根拠のない決定事項。

 懐かしい感覚。

 渡ったバトンを確かに受け取って走り出したような。

 だから僕は返した。

 意味ありげな笑みを。

 自信満々な瞳を。

 根拠のない確定事項を。

 懐かしい感覚を。



『任せてよ、僕を誰だと思ってるの?』



 ――to be continued...
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