犬と少女の十二ヶ月
□霧雨
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サァァー...
霧の様な雨が降っている。
外の空気は冷たく、初夏特有の真新しい土の香りが漂っている。
紀葉は縁側の雨戸を開け、軒先に吊るされている水仙の球根を眺めながら寛いでいた。
カランッ..
ちゃぶ台に置かれたグラスの中で氷が音を立てる。
「紀葉様..おかわりはよろしいですか?」
部屋の隅に座しながら、繕い物をしていた玉華が声をかけてきた。
「ううん!もう大満足!ありがとう!」
紀葉はコロンとその場に寝転びながら、背伸びをした。
「う〜ん!毎日これが飲めるって幸せね。」
「ふふふ。いつでも新鮮な果実が手に入りますから、好きな時に好きなだけ楽しめますよ。」
と、二人が話しているのは裏庭に生えている「やまもも」の木の事だ。
春に刑部達と花見を行った際に振る舞われたやまももジュース。
紀葉はそれを大変気に入り、感激していたところやまももの木が我が家にあるという事を知った。
そのやまももの木は70年程前に紀葉の祖父が生まれた際、刑部が記念樹として送ったものである。
最初は小さな苗木だったこの木も、70年の歳月が経ち今や立派な巨木となり家より大きくなっていた。
「まさか家にやまももの木があったとはね。」
「大きすぎて逆に気が付きませんでしたね。」
「確かに!灯台もと暗しとはこの事ね。あ、そう言えばテツはやまももジュース飲んだのかな?」
「まだお召し上がりにはなられていない様ですよ。」
「そっかぁ..少し持っていってあげようかな。」
紀葉は畳に横たわりながら、ふと目の前の襖に視線をやる。
「鉄之進様はお仕事中は絶対に物を口に致しませんので..どうでしょうかね。」
仕事-。
と、ここでテツの職業を紹介するが..実はテツは妖怪界ではそこそこ名の知られた絵描きである。
絵の特徴としては筆と墨だけで描く水墨画が主で、画題は幅広く山水画の様な風景画も描けば、花や生き物、人物画、襖絵、陶器の絵付けなども行う。
ちなみに、紀葉との結婚式で行われた「貝合わせの儀」。あの時に使用された蛤の絵付けもテツが担当した。
「それにしても意外だったなぁ。テツが絵描きだったなんて。」
「昔、とある武人から絵を習ったらしいですよ。」
「へぇ。まだ全国を旅していた時かな?」
「恐らく。鉄之進様は数百年間全国を放浪しておりました故、色んな方々とお知り合いになられ、様々な事を学んだのでしょうね。」
「伊達に歳は取ってないね。」
二人は顔を見合せながらクスクスと笑った。
「ごめんくださいまし。」
二人が笑い合っている中。
庭先からか細い声が聞こえてきた。