無印編
□Ep.007
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ユーノが高町家に連れ帰られ、てんやわんやの夜が過ぎ去った翌朝。
目覚まし時計の鳴る音でなのはの意識は徐々に浮上する。
何故かいつもより大きいような気がするその音に小さく呻き、時計の在り処を布団の中から手を伸ばして探る。
お目当ての物にようやく辿り着いた手は叩くようにして起床を促す音を止めた。
気怠くも心地よい睡魔に抗う事もせず、意識がまどろみ始める。
そうして再び夢の中へ旅立とうとしたなのはだったが、昨夜の出来事を思い出して途端にがばりと起き上った。
布団を跳ね除け、珍しくばっちりと冴えた目を部屋に置かれた姉妹共用テーブルの上に向けた。
(やっぱり、夢じゃないよね)
テーブルの上に設けられた小さな籠。
鮮明に思い返される記憶がなのはに現実である事を教え、なのはは安堵にも似た息を一つ吐いた。
なのはが二段ベッドの梯子に足をかけて降りていくと籠の中からひょっこりとユーノが顔を覗かせた。
可愛らしいその姿になのはの顔は自然と緩んだ。
「おはよう、ユーノくん」
「あ、その、おはようございます」
まだ慣れていないのか、ユーノはぎこちない口調で挨拶を返す。
「昨日はよく眠れた?」
「おかげさまで。本当にありがとうございました」
「お礼なんて。私、そんなに大した事してないよ」
深々と頭を下げてくるユーノになのはは慌てて手を振った。
しかし、ユーノとしてはなのはを巻き込んでしまった自責の念があるため、申し訳なさそうに項垂れた。
「いえ、助けて貰った上に寝床まで貸して頂いて。それなのに僕は・・・」
落ち込んだユーノと視線を合わせるようにしゃがみ込み、その頭をなのはは優しく撫でた。
「困った時はお互い様だよ。だから、そんなに気にしないで。それと昨日も言ったけど、私の事はなのはでいいよ。話し方もそんなに畏まらなくていいし」
「え、でも」
「私だってユーノくんの事を名前で呼んで普通にお話してるでしょ? だから、ユーノくんにもそうして欲しいな。お友達だもん」
友達、とユーノが呟いて顔を上げるとなのはは微笑んで返す。
屈託のない少女の笑顔はユーノの暗く沈んだ心に一筋の温かな光となって差し込んだ。
眉を下げたままではあるがユーノは少しだけ表情を和らげさせた。
「うん。ありがとう、なのは」
ユーノからの感謝の言葉になのはは嬉しそうに頷いた。
微笑みを交わし合って和やかな空気が流れるが、それも束の間。
がちゃりと音をさせて部屋の扉が開き、なのはとユーノは飛び上がった。
恐る恐る扉の方へ二人が目を向けると、そこにはこの部屋のもう一人の主であるいすずが立っていた。
その顔はまるであり得ない物でも目にしたかのような驚愕に染まっていた。
「―――・・・」
なのはとユーノの頬を冷たい汗が伝う。
三者共に硬直状態のまま見つめ合う事、数秒。
やがてゆるりといすずの口が動き、なのははごくりと唾を呑んだ。
「お、起きてたんだ・・・」
「そっち?!」
いすずの台詞になのはが即座にツッコミを入れ、固まっていたユーノは籠からずり落ちた。
ひとまず、いすずに一連の会話を聞かれてはいなかったようで、なのはとユーノは同時に胸を撫で下ろした。
そんな一人と一匹の様子には気付かず、いすずは未だ信じられないものでも見るような目でなのはを見ていた。
「なのちゃんが自力で起きるとか前代未聞だね。今日は雨かな」
「わ、私だって、たまには自分で起きるよっ」
「たまには、ね」
溜め息のように零れたいすずの皮肉に、なのはが頬を膨らませる。
いかにも怒ってますよという様子のなのはを涼しい顔でスルーするいすずの視線がユーノへと向けられる。
「なのちゃんが起きられたのは君のおかげかもね」
ユーノを抱き上げて籠の中に下ろし、その頭を撫でながらいすずがふっと微笑んだ。
いすずの態度に更にむくれるなのはを横目にユーノは心の中で苦笑しつつ、大人しく頭を撫でられていた。
「起きたのなら早く支度しなよ? 朝ご飯、もうすぐできるってお母さんが言ってたから」
「わかってますよーだッ」
ユーノから手を離して念を押した後、部屋を出ていくいすずの後ろ姿をなのははべーっと舌を出して見送った。
扉が閉まり、階段を下りていく足音が聞こえなくなったのを確認してからなのはは深い溜め息を吐き出した。
「変なとこ見せちゃってごめんね。私、朝がちょっと苦手だから」
「あはは、そうなんだ。あの子はなのはのお姉さんか妹さん?」
「いすずは妹だよ。いつもあんな調子で私をからかってくるの」
私の方がお姉さんなのに、と不服そうに唇を尖らせるなのはにユーノは苦笑していた。
もう一度溜め息を吐き出してからなのはは気分を切り替えるように立ち上がる。
「私も準備しなくちゃ」
階下から微かに聞こえてくる家族の声。
部屋の時計を見るといすずが言ったようにそろそろ朝食の時間だ。
そう思い、なのはは壁にかけてある制服を手に取った。
ユーノの事を全く気にもせず服を脱ぎ出し始めたなのはを見て、ユーノが慌てて顔を背けたのは言うまでもない。
制服に着替え終えたたなのはは通学鞄を手にする。
「それじゃあ、ユーノくん。私は学校に行かないといけないから、帰ってきたらお話を聞かせてね」
「あ、なのは。ちょっと待って」
部屋を出て行こうとするなのはをユーノが呼び止めた。
振り返って首を傾げるなのはへユーノは赤い宝玉を咥えて差し出した。
「レイジングハートを持っていって。そうすれば離れていても会話できるから」
「ほぇ?」
赤い宝玉を受け取ったなのはは要領を得ず、不思議そうな顔をユーノへ向けた直後、頭の中で声が響いた。
≪レイジングハートを持っていれば、なのはもこうして会話ができるはずだよ≫
「あ、これって昨日の・・・」
≪うん。なのは、心の中で念じるように僕に話し掛けてみて≫
≪えっと・・・、こんな感じ?≫
≪そう。簡単でしょ?≫
手にしたレイジングハートを見つめ、なのはは嬉しそうに頷いた。
それから空いた時間にユーノのこれまでの経緯を聞く約束をしたなのはは部屋を出て階段を下りていった。
これからの事を考えながらリビングへ向かうなのはの足取りは心なしかウキウキとしていた。