中編用

□隣で笑っていろ
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 「I love you」を自分の言葉で和訳しなさい。
 青峰から送られてきたメールに緑間は眉間にしわを寄せた。



 いったいこいつは何を考えているのだろうか。青峰にはいささか似合わない、というより関連付けが難しい内容のメールに緑間は頭痛を覚えた。
 だいたい、自分はこういう気が利いた台詞を考えるのも言うのも得意ではないのだ。こういうのは黄瀬や赤司の得意分野だろう。いや、黒子も案外行けるかもしれないが。
 青峰の突然の行動にはいつも悩まされる。

「……ああ、いや」

 最近は青峰よりも悩まされる存在がいた。
 あいつはいったいなんだというのだろうか。
 頭の中に浮かんだ面影に、緑間は深くため息を吐いた。
 「I love you」の和訳を考える余裕があるならこちらを解決できているはずだ、と思ったのだった。



 朝練が終わり、1限の授業を受けていた緑間はため息を吐いた。
 部活の時でも思ったがなぜか高尾の様子がここ数日間おかしかった。それは宮地から「早く何とかしないと轢くぞ」という無言の圧力を受けるほどだった。
 だが何とかできるものならばとっくにしているのだ。
 プレイ中の連携には支障はない。いつもどうり正確に緑間の欲しいときにボールが来る。だが、そうじゃないのだ。話しかけても無視、いつもなら一緒に帰るのに気づいたらいない。そんなことを数日間されては気が滅入る。
 
「高尾」

 故に我慢ならなかった。原因が自分ならできる範囲で治そう。だが、その原因が分からなければ解決のしようもないのだ。
 部活が終わり、緑間は高尾に話しかけた。部室には先輩たちが気を利かせたのかはたまた巻き込まれたくないだけか、緑間と高尾しかいなかった。
 高尾は緑間を無視し、部室を出ようとする。それを緑間は腕を掴み止めた。そしてそのまま腕を引き、自分のほうに向かせた。高尾は俯いており、顔が見えなかった。
 それに苛立ちを覚え、緑間は舌を打った。

「いったいなんなのだよ。……オレはお前に何かしたか?」

 少しだけ、不安そうな声色を滲ませて問えば高尾は弾かれたように顔を上げた。

「真ちゃんは何もしてない」

「じゃあ、何なのだよ」

 きっぱりと緑間は悪くないという高尾。そこに嘘はないのだろう。変に気遣うことのない高尾は自身がムカついたと思うことがあれば、目上の人を除ききちんと伝える。
 きっと自分の考えをはっきりと伝えてくれるから周りの者は高尾を信頼しているのだろうと思う。
 緑間の問いかけに高尾はバツが悪そうにそっぽを向いた。

「やっぱ、違うなって」

「は?」

「真ちゃんの、中学の頃のプレイ、ビデオで見ていたんだよ」

 中学の頃から天才と謳われていた緑間たち。各高校はプレイスタイルを確認し、それがチームに合っていると思えばスカウトする。それはここ秀徳でも同じだった。
 高尾はたまたまその時中谷監督が使っていたビデオを見つけ、それを見たのだ。
 そして痛感したのは同じPGとしての赤司との圧倒的な差。完璧に、正確にパスされたボールはまるで当たり前だと言わんばかりに緑間の手に収まる。そして緑間は流れるようにゴールネットにボールを投げた。
 精錬された一連の動きは高尾にはできないことだった。
 故に、焦ってしまった。自分は緑間の隣に立つのに十分な力をつけているか、と。
 そして同時に、緑間から全幅の信頼を寄せられている赤司に嫉妬したのだ。

「ごめん」

 殊勝に謝る高尾に緑間はため息を吐いた。
 何事かと思えば、そんなことか。

「高尾」

「ん?」

「一度しか言わない。心して聞くのだよ」

 自分は黄瀬や赤司、黒子のように気の利いた言葉は思いつかない。いつだって思ったことを思った通りに言うしかないのだ。

「オレは中学の頃がどうだろうが今の相棒は高尾和成ただ一人だけだと思っている。今のオレは高尾以外のパスはきっと違和感しか感じないだろう」

 緑間の言葉に高尾は瞠目した。

「……だからお前はオレの隣で笑っていろ。バカみたいに笑っていれば、それでいい」

「ぶはっ! んだよそれ!」

 緑間の言葉に高尾は愉快そうに大声を上げて笑い出した。

「でも、うん。そうだな」

 笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を拭い、高尾はにっかりと笑った。

「エース様の言うとおりに!!」


「I love you」を和訳しなさい。
 ただ、笑っていてくれればそれだけで安心できるのだ。。

 送るのは、自分の願い。



016/12/4

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