中編用

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死んでほしくないと、心から思った。


高尾の病状が落ち着いたらしく、面会を許された緑間は飛んでいくように病室に入った。
落ち着いた、と言ってもそれはいい意味じゃなく、悪い意味でだが。
もう長くないのだと言うのだ。
機械に囲まれ横になっている高尾。
呼吸器によって息している状態はひどく苦しそうだ。

「たか…お…」

恐る恐る握る手はひどく冷たい。
固く閉ざされた瞼。
苦しげに呼吸する口。
それだけで看護師が言った言葉は真実なのだと、痛感した。

「高尾…」

死んでほしくないと心から思った。
失いたくないと心から思った。

きれいだと言われた。
親にさえ気持ち悪いと言われた髪を、高尾は。
からりと明るく楽しく、見るものを和ませる笑顔でそう。

何気なく言われた言葉にどれほど救われたか、彼は知らないだろう。

「高尾…!」

握る手に力がこもる。
はじめてだろう。
こんなにも、失いたくないと思うのは。

失うのが、こんなにも怖いだなんて、知らなかった。


「し、…ちゃん?」

耳に届くか届かないかぐらいにか細い、かすかな声。
それでもその声は確かに緑間の耳に届いた。

「目が、覚めたのか…」

「そりゃ…ね」

高尾はかすかに口角を上げた。

「そんなに、強…く、握ら…れてたら、ね…」

言葉と共に吐かれた息は苦しげだ。
高尾は握られている手に力を込め緑間の手を握り返した。
力を込めるのも億劫で。
もう、長くないと漠然と思った。

さらさらと砂がこぼれ落ちる音が聞こえた。


「砂時計…」

「は?」

「昔、読んだ本にあったんだよ」

命を砂時計にたとえた本だ。
さらさらとこぼれ落ちる砂時計は上下を逆にすれば無限にこぼれ落ちる。
それは輪廻転生を描いた本だ。

命は限りある砂のようだ。

その本に書いてある文の一説だ。
重くなる瞼。
まるで睡魔に犯されるように、眠気が襲う。
これに誘われるままに眠ったら、一生起きることは叶わないだろうと容易に予想ついた。

「死ぬな…」

震える緑間の声。

「頼む。死ぬな…、死なないでくれ」

今にも泣きそうなほどに震える声を聞いて、胸が締め付けられる。
ああ、なぜ自分の体は動かないのだろう。
今すぐに、震える彼を抱き締めたいと思うのに、体がうまく動かない。
それがもどかしくて仕方がない。

「好き、だよ…」

だから代わりに言葉を紡ぐ。
精一杯に、彼に向けて。

緑間の目が見開く。

「好きだよ……、真ちゃん」

君を、愛しく思うのだ。



014/3/20

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