text-XWリレー小説
□第九章
【SIDE:W】
時々、自分が一体誰なのかよく解らなくなる。
俺はベットに身体を沈めながら、ぼんやりと天井を見上げた。
幼い頃は、トーマス・アークライト、それが俺の名前で。
父バイロンの息子であり、兄クリスの弟で、弟ミハエルの兄だった。
それが今では。
俺の名前は記号に変わり、父も兄も俺をどう思っているのか怪しい。
弟は俺を兄と呼んではくれるが、何処かそれも昔とは違った音を孕んでいた。
昔の俺と、今の俺は、確かに地続きに繋がっている筈で....けれど隔たりがある。
恐らくVの求めている兄は、今の俺ではないのだろう。
昔の幸せな頃の兄を探して、死体に宿った仮初めをそう呼んでいる、そんな感じだ。
結局、俺達は名を捨ててしまった。
それが全てなのかも知れない。
復讐者として生きるために、元の自分は捨ててしまった。
だからこそ不安定だとも思う。
胸にはいつも強い不安が揺らいでいた。
それが、こんなにも俺が"あの人"を求めてしまう理由なのかも知れない。
(トロン....)
俺が、記憶を返す様に言っても、ただ笑うだけなんだろうな。
(昔は、そんな事なかった....)
そう考えると胸が苦しい。
父、バイロンはいつだって俺の話をちゃんと聞いてくれた。
Xだってそうだ。
今は高圧的な言葉しか吐かないが、昔は俺と話す為に腰を屈めてくれる人だった。
(X....クリス、にいさま)
遠い昔は、俺も彼奴の事をそんな呼び方をしていたものだ。
「はっ、気色悪ぃ....」
今の俺がそんな呼び方をすれば、彼奴目ぇ剥くだろうな。
素直で可愛い、綺麗なVと違って....俺はどう足掻いたって汚れてるしな。
(だったらいっそ、兄貴とも)
瞬間そう考えて、俺は苦笑した。
何を考えてるんだ、俺は。
馬鹿馬鹿しい。
(....)
そう思うものの、何故か笑えなかった。
俺はおもわずきゅっと唇を噛みしめる。
もし、もしかしたら....
(それで、あの人が取り戻せるなら)
Xの真意は解らないが、全く望んでもない事を、口に出しもしないだろう。
俺の練習相手になるなんて恐ろしい事を、考えてもいずに口に出せるものか?
....もし俺がこの身体を、Xに抱かせてやったら、彼奴も少しは俺の話を聞いてくれるだろうか。
(馬鹿馬鹿しい....あんなん....何時ものニートの嫌味だろ)
そうは思うものの、Xだって男で。
しかも、家から出ないし、相手がいる様にも見えない。
(俺が頼んでも、トロンはきっと記憶を返してはくれない....でも、Xと、二人で頼めば)
胸の内が騒ついた。
いつもトロンと共にいるXのいう事なら、トロンも多少は話を聞くかも知れない。
それに、俺達子供の話など聞く耳も持たないトロンでも、二人に同時に訴えられれば、多少は話を聞かざるを得ないのではないだろうか。
馬鹿馬鹿しい、くだらないと思う半面、妙に縋りたくなる感情もあった。
(そうだ、だって俺はもうとっくに汚れてる)
今更なんだ。
Xと、兄と身体を結ぶなんて恐ろしい事でも....汚れ切った俺の身体なら、別に可笑しくは無いのかも知れない。
(兄貴....)
心中で呟くと、不意に部屋の扉がノックされた。
コンコンと、部屋に無機質な音が響く。
「W、入るぞ」
静かな部屋に、Xの声が響いた。
(兄貴、いや....X)
それから静かに、扉が開かれる。
その刹那、一瞬、ぐらりと大地が揺らいだ様な気がした。
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