text-XWリレー小説

□第五章

音を立てない様静かにカップをソーサーに置くと、私は静かに自問した。

―――何故、彼奴の事を抱いたのか。

その動機は決して不純なものではなかった。

幼い時の無邪気ささえ失ってはいたが、それでもあの愚弟の事が私は可愛かった。
それが唯一の理由だった。

....少しでも辛い思いをさせたくなかった。
美しい物言いをすればそうなるのだろうか。

それでもあの行為に、私自身の子供じみた欲が少しも含まれていないとは断言出来ないだろうが。

(哀れな私の弟....)

舌に残る甘い余韻が、苦く変わっていく。

Wがデュエリストとして世間に有名になり、そして、それを通じて様々な権力者と繋がりを持つ様になった。
その時から、Wの身体がいずれ商品として扱われるであろう事は予想出来てしまった。

それが、口惜しかった。

今はまだあの弟は綺麗な身体のままではあるが、いずれ彼奴はその身体に商品価値を付けられるのだろう。
いや、もう私の知らない所で、あの不幸な弟は権威者達によって値段を付けられているのかも知れない。

そして、家族のため、復讐のためと、Wは商品に成り果てた自分に抗えはしないのだろう。

見知らぬ男に初めて身体を奪われた時、Wはどんな顔をするのだろうか。

それを考えたら、冷え切った筈の私の心も鈍く痛んだ。

どれ程傷付くだろうか。
どれ程涙を流すだろうか。

欲に駆られた男達が、たかが商品を相手に礼を尽くすとも思えない。
きっとろくな扱いもされず、ただ欲望の捌け口にされるのだろう。

そう考えると、どうしてもあの弟が哀れでならなかった。

見知らぬ男に単なる欲望の捌け口にされる位ならば、いっそ―――

そう私が考えてしまったのも、今思えば必然か。
何にせよ、私の過ちはここから始まったのだ。

(....私の方が、余程あの弟を愛してやれると思った)

薄汚い男共に、私の弟の純潔を奪われるのが単に耐え難かったのかも知れない。

(そう、そして私は、過ちを犯した―――)

彼奴の紅茶に身体に害をなさない程度の媚薬を含め、彼奴に飲ませた。

そして、激しく私を拒絶する彼奴を押さえ付け、彼奴の事を深く愛した。

勿論知識は正しいものを身につけ、最大限Wをあやしながら抱いたつもりだ。
けれどそんな事が何の慰めになる訳でもなかった。

彼奴は酷く傷付いてしまい、行為が終わってからもずっと言葉もなく泣いていた。
彼奴は私には何も言わなかった。
ただ、儚く泣くばかり。

翌日―――何も知らないVが笑顔で差し出した紅茶に、Wが口を付けられなかったのを見て、私は私の罪を悟った。

怯える様にWの瞳が紅茶の紅い水面を眺める様子を、私はただ呆然と見つめるしかなかった。
ぽたりとその紅茶にWの涙が落ちて、彼奴はVにそれを悟られる前に自室に戻ってしまった。

そして私は彼奴に取り返しの付かない傷を与えてしまった事に気付いた。

彼奴が日々の苦痛の中、ただ家族を愛する事でそれを耐えてきた事は知っていたのに。
兄である私自身が、彼奴の苦痛の一端になってしまうなど、彼奴にとって耐えられる訳がなかったのだ。

兄であるからこそ、あの弟を一番傷付けずにいてやれると思った。
けれど、実際はどうだ。
兄である私が彼奴を抱いた事で、彼奴を誰より傷付けてしまった。

「....救えないな」

私は小さく呟いた。

あの日取り返しの付かない痛みをWに与えてしまった。
その罪深さは解っているのに。

(私の中で、あの思い出は未だに甘美なのだから―――)

Wは今ではあの時の事を正しくは覚えていない。
それはそのままではWの心が壊れて仕舞いそうだったから。

『―――随分派手に壊したねぇ、X』

トロンの仮面の奥で、紅い光が笑う様に揺れていたのを思い出す。

『でも大丈夫だよ、僕が治してあげるから―――』

トロンがどう彼の記憶を歪めたのかは私には解らない。

けれど、翌日からのWは全くと言って良い程何時も通りだった。

それは、確かに望ましい事なのに。
私は何処か、それを快く思えなかった。

私の付けた傷が、彼奴の心から消えてしまった。

そしてそれからの私は、未だにあの日の記憶を未練がましく彼奴の中に探してしまう。

紅茶を入れては、彼奴の眦を眺めてしまうのだから、全く本当に救えない。

(私は、あの弟を)

一体どうしてやりたかったと言うのか。




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